第2話 本のゆくえ

 回収された本は、即座に管理施設へ送られる。


 街の中心から少し外れた場所に、その建物はあった。

 外観は倉庫に近く、装飾も看板もない。

 だが、シアンは知っている。


 この街で、ここほど厳重に守られている場所はない。


 分厚い扉が、音もなく開いた。

 内部は静まり返っている。

 作業音も、人の話し声もない。


 本は、危険物として扱われていた。


 封印袋から取り出された本は、直接手で触れられない。

 専用の器具に乗せられ、透明なケースへと滑り込ませられる。

 ページが風でめくれないよう、わずかな重力制御がかかる。


「内容確認は?」


 管理員が、事務的に尋ねる。


「不要です」


 シアンは即答した。


「読書行為そのものが違反です。内容は関係ありません」


 それが、決まりだった。


 管理員は頷き、本を棚へ運ぶ。

 棚は無数に並び、すべて同じ大きさの透明ケースが収められている。


 どれも、中身が見えるようで、見えない。


 タイトルは伏せられ、表紙の文字も処理されている。

 本はここで、「ただの物体」になる。


 シアンは一瞬だけ、足を止めた。


 さきほど捕まえた男が、必死に抱えていた本。

 あれも、もう他と区別がつかない。


「……保存期間は?」


 自分でも意外な質問だった。


「無期限です」


 管理員は迷いなく答える。


「廃棄は行いません。街に存在した読書の記録ですから」


 記録。


 その言葉が、シアンの胸に小さく引っかかった。


 危険で、禁止されていて、それでも捨てられない。


 理解する必要はない。

 理解しようとすること自体が、読書家の始まりなのだから。


 シアンは視線を逸らし、踵を返した。


 管理施設の外に出ると、街の音が戻ってくる。

 機械の稼働音、人々の足音、規則正しい生活の気配。


 楽園は、今日も正常だ。


 ――本は、すべて閉じ込められている。


 少なくとも、そう信じられている。


 管理施設の出口付近で、シアンは別の魔法少女とすれ違った。


 彼女は赤を基調とした衣装をまとい、装飾は過剰なほど派手だ。

 動くたびに、金属質の飾りがかすかに鳴る。


 名を、クリムゾンという。


 彼女は封印棚の列を一瞥し、露骨に顔をしかめた。


「……気持ち悪い」


 小さく、しかしはっきりと言った。


 シアンは足を止める。


「ただの、管理対象です」


 それだけを返すと、クリムゾンは鼻で笑った。


「だからよ。あんなもの、全部燃やせばいいのに」


 彼女は棚に近づこうともせず、距離を取ったままだ。

 空を横切る監視灯が、彼女の影を一瞬だけ赤く染めた。彼女自身は、その光を避けようともしなかった。


「触りたくもない。ページがあるってだけで、ぞっとする」

「命令では、保存と――」

「知ってる」


 クリムゾンは言葉を遮った。


「だから嫌なの。街が、まだ未練がましく残してるってところが」


 彼女はシアンを見た。

 視線は鋭く、どこか探るようでもある。


「ねえ、シアン。あんた、平気なの?」

「……何がですか」

「本よ」


 即答できなかった。


 平気かどうか、考えたことがなかった。

 ただ任務として回収し、運び、封じてきただけだ。


「気持ち悪くない?」


 クリムゾンは言う。


「読書家ってさ、あれ見てると分かるじゃない。目が、内側に引っ込んでる」


 彼女は自分のこめかみを指で叩いた。


「働いてない目。街の外と同じよ。動かない、死んだ世界」


 その言葉に、シアンは一瞬だけ、廃墟の話を思い浮かべた。

 灰色で、崩れた建物。

 誰もいない世界。


「……街の外とは違います」


 そう返すと、クリムゾンは肩をすくめた。


「そう? 私は同じ匂いがする」


 彼女は踵を返し、出口へ向かう。


「まあ、あんたは優等生だもんね。疑問を持たないところ、向いてると思う」


 最後にそう言い残し、去っていった。


 静寂が戻る。


 透明ケースの中で、本は沈黙している。

 嫌悪も、抵抗も、何も示さない。


 シアンは、自分の手を見下ろした。

 魔法を発動すれば、何でも縛れる手。


 だが、本を「気持ち悪い」と思ったことは、一度もなかった。


 それが正しいのかどうか、考える必要はないはずだった。

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