暗黒街の魔法少女
にとはるいち
第1話 魔法少女シアン
地上が滅び、唯一残った街は「楽園」と呼ばれていた。
人々は与えられた職に就き、疑問を抱かず、よく働く。
飢えも争いもなく、立ち止まる理由もない。
その秩序を乱す存在――読書家だけが例外だった。
楽園の空を、少女が一人、落ちてくる。
落下ではない。
彼女は空気を踏み、青白い光を残しながら、静かに高度を下げていった。
膝丈のスカートは風をはらみ、胸元と袖には意味不明な紋章が縫い込まれている。
実用性とは無縁の装飾。
それでも、街の誰もがそれを見間違えない。
――魔法少女だ。
彼女は、屋上に着地した。
靴底が触れた瞬間、床に魔法陣が淡く広がり、すぐに消える。
『シアン、対象を確認。読書家、一名。生産区画、第五ライン』
通信を受け、魔法少女シアンは即座に移動した。
迷う必要はない。任務は単純だ。
対象の男は、作業区画の端で立ち止まっていた。
資材棚の影に身を寄せ、周囲を気にしながら、一冊の本を開いている。
シアンが着地音を立てた瞬間、男ははっと顔を上げた。
視線が合う。
次の瞬間、男は本を抱えたまま、走り出した。
「警告」
シアンは一歩も追わず、冷えた声で告げる。
「読書行為は禁止されています。直ちに読書を中止し、本を地面に置きなさい」
男は振り返らない。
必死に走り、通路を曲がろうとする。
――理解を待つ必要はない。
シアンは片手を上げ、拘束魔法を発動した。
青白い光が地面を走り、男の足を絡め取る。
勢いのまま男は転倒し、本が床に滑った。
「やめろ……!」
男はもがきながら叫んだ。
恐怖と焦りが混じった、ありふれた声だった。
「抵抗を確認」
シアンは淡々と宣告する。
「追加拘束を行います」
魔法はさらに強まる。
光の鎖が男の腕と胴を締め上げ、完全に動きを止めた。
男は荒い息をつきながら、床に顔を伏せた。
「……少し読むくらい、いいだろ……。仕事だって、ちゃんと……」
「読書は思考を停滞させます」
シアンは即答する。
感情は交えない。
「考えすぎると、指示への即応性が失われます。それは、街の効率を下げる行為です」
男は唇を噛み、悔しそうに目を閉じた。
反論は続かなかった。
本は回収された。
封印袋に収められ、中身を見ることはない。
護送手続きが完了し、任務は終了する。
生産ラインは数分で再稼働した。
工場の煙は真上に伸び、風向きさえ管理されているように見えた。
作業員たちは煙を見上げることもなく、同じ動作を正確に繰り返していた。
誰もこの出来事を気に留めない。
それが、楽園の日常だった。
シアンは空を見上げる。
街の外には、灰色の廃墟が広がっていると教えられている。
ここだけが、正しい場所だ。
読書家は、秩序を乱す存在だ。
――そう、理解しているはずなのに。
床に転がった本が、拘束の直前まで、必死に抱えられていたことだけが、なぜか、シアンの脳裏に残っていた。
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