第一幕 抜忍




夕飯を終え、片付けを手伝った影龍は、家を出て、外で煙管に、刻み煙草を詰めていた。


そこへ、千歌が、戸口から、ひょこりと顔を出した。


「そんな所で煙草を吸わなくても、中で吸えばいいのにー。」


そう言った千歌に、影龍は、フッと、口元に笑みを浮かべた。


「赤子の前で、煙草は、吸えぬ。」


「えっ?」


「腹に、赤子がいるではないか。」


影龍の、その言葉に、千歌は、自分の腹に視線を向ける。


「あたし、身篭ってなんかいないよー。」


「お前ではない。お陸さんだ。」


「えーっ?!母ちゃんがー!?」


影龍は、近くの岩に腰を下ろすと、火打石で、煙草に火をつけた。


「知らなかったのか?母ちゃんの腹を見てみろ。あと、三月(みつき三ヶ月)もすれば、生まれるぞ。」


煙管を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出しながら、影龍は、そう言った。


「俺の十離れた姉者が身篭っていた時も、あんな腹をしていた。……生まれる前に、二人共、死んでしまったがな。」


影龍の話を聞きながら、千歌は、彼の側に近付くと、眉を寄せた。


「どうして、死んじゃったの?」


千歌の問いに、影龍は、口を閉ざした。


それを見て、千歌は、ハッとなる。


「ごめん……。人様の事をいろいろ聞くなって、母ちゃんに言われてたんだ……。人には、話したくない事もあるから、無理に聞いては駄目だって。……でも、あたし……影龍の事を知りたい。駄目……かな?」


上目遣いで見つめる千歌に、影龍は、クスッと笑う。


「俺の話など、暗い事ばかりで、楽しくないぞ。」


溜息混じりに、そう言った影龍の背中に回り、千歌は、両手で優しく、彼の身体を包み込んだ。


「話は、楽しくないかもしれないけど……影龍と、一緒にいるのは、楽しいもの。」


千歌の言葉に、影龍は、軽く瞳を閉じ、そっと、彼女の手に手を重ねた。


「……俺の生まれた所は、極貧の所で、豚小屋みたいな家に住んでいたんだ。俺には、姉と弟がいたんだが、弟は、生まれて、間もなく死んだんだ。栄養が足りなくてな。」


話を聞きながら、千歌は、更に強く、影龍の身体を抱き締めた。


「毎日、食べる物を探して歩き回った。道に落ちている米一粒を拾っただけで、泥棒呼ばわり……川で泳ぐ魚を捕れば、魚泥棒と呼ばれ、人間らしい扱いなんて、一度だってされなかった。それでも、姉者には、心に想う人がいて、夫婦になるっていうんで、子供まで作った。……幸せそうだった。」


夜空に寂しく輝く月を見上げ、影龍は、一息つく。


「姉者は、元々、身体が弱くて……だけど、医者に通う金も無いし、子供が出来たのが奇跡だって喜んでいたんだが……。結局、相手の男に裏切られて、捨てられたんだ。姉者は、気がおかしくなって、それから、しばらくして、川へ身を投げて死んだんだ。」


「……お姉さん、可哀想……。」


泣いているのか、千歌の身体が震えている。


影龍は、煙草を吸い終えると、煙管を岩に打ちつけ、吸殻を落とし、着物の胸元にしまった。


「だから、暗い話だから、楽しくないと言ったのだ。」


「だって……だって……。」


「……馬鹿だな。しかし……人の為に泣ける千歌は、心の優しい者なのだな。……まっ、過ぎた事だ。気にするな。」


千歌の手を優しく、ポンポンと叩き、影龍は、スッと、立ち上がった。




何故だろう?


こんな風に、自分の事を他人に話した事など、忍びの世界に住む仲間にも、話した事などなかったのに。


何故か、千歌の前では、素直な気持ちで、何でも話せる。


影龍の心は、そんな不思議な気持ちに、ユラユラと揺れていた。

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影達の鎮魂歌〜忍びのレクイエム〜 深夜 幻夢 @sin-ya03

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