第1話 フールルの森攻防戦①

薄暗い夜の森を駆ける三匹の賢狼は、少女の一太刀で命を絶たれる。少女の名前はユンシー。第1009エルフ部隊の隊長だ。尼削ぎの桜髪と野暮ったい目が特徴的で、口元はスカーフで隠れている。

 

「うう」

とユンシーのすぐ隣で耳の長い少女が呻いた。少女の名前はフルエル。数日前に配属されたばかりで、今回の作戦が初陣だった。彼女については仲間たちからは伝説の環境活動家だと聞いているが、新聞などを読まないユンシーにとって一体どんな存在なのかいまいちよく分からない。数回の会話で彼女について分かったのは、自然を大切にすること、口うるさいこと、あとは情けない性格をしていることくらいだった。


「こんなに恐ろしい森は初めてで……」

「……」


泣き言を漏らすフルエルをユンシーは、またかと思いながら見つめた。フールルの森に足を踏み入れてからフルエルは数えきれないほど文句を垂れている。今回の作戦でも全く役に立っていなかった。初陣だから仕方がないとはいえ、フルエルに作戦を聞かせたときには「森は友達だから任せてください」なんて豪語していたのだ。今も血を流して倒れる狼を見て、泡を吹きそうになっている。


どうやら魔王に支配された森を見るのは初めてらしい。先ほどまで友達だなんて言っていた森に対して「え、キモ」と呟いていた。そんなフルエル曰く、エルフというのは極東の森に暮らし長寿で美しい容姿と長い耳を持ちなおかつクールで冷静だと言う。フルエルはそのエルフ族らしいのだが、果たしてどこがクールで冷静なのか。


「今の狼は敵の斥候だな。位置がバレた。急ぐぞ」


魔王軍は斥候としてよく狼を使う。どんな地域で戦ってもほとんどの場合で初接敵は狼だった。戦闘能力は大して高くはないが、よく群れ、よく走る。さらに鋭い嗅覚を用いた情報伝達は人間のそれを越えることもある。長所というのは弱点にもなるので、狼との戦闘の際は臭い袋を用いる場合が多い。しかし持ち合わせた臭い袋はもう使い切ってしまっていた。


「ああ。どうしてこんなことに」


フルエルはシクシクと嘆くがこんなことになった理由は明確だ。数時間前、ユンシー率いる第1009エルフ部隊は後方支援に退路を確保するための後方支援に務めていた。今回の作戦はまだ聖女になって日が経っていない未熟な聖女に経験を積ませるというものだった。そして実戦経験の少ない聖女は魔王との鍔迫り合いに敗北し、撤退を余儀なくされる。


『単身で魔王軍に突撃し、聖女撤退の時間を稼げ』


ユンシーに下された命令はイカれた仲間も息を呑むほどの理不尽なものだった。その際、初陣で勝手が分からないフルエルは、単身というのを聞き逃していたのかなんなのか、隊で最も頼りになるユンシーの背中にピッタリ付いて来てしまったのだ。ユンシーが死地に向かっていると知らずにである。何かと不憫な少女だった。


ユンシーが魔王軍の中心で暴れて足止めをしている間、フルエルもなんとか生き残っていた。「エルフなんで弓が得意です」なんて言っていたので弓でなんとかしたのだろうとユンシーは思ったのだが、筒に残った弓矢を数えると戦闘開始から減っていなかった。本当にどうやって生き残っていたのか分からない。


そうして魔物相手に二人で大立ち回りをしているウチに、聖女撤退成功の合図を確認したユンシーは、フルエルの手を引いて逃亡を開始して今に至るというわけだ。


「森はもっと静かで穏やかで……痛い!」

「……」

「ちょっと! なんで急に止まるんですか!」


後ろを走っていたフルエルは急に立ち止まったユンシーの背中に突っ込んだ。ひりひりと痛むおでこを抑えながら文句を垂れる。ユンシーが立ち止まったのは木々の少ない開けた場所で、月の光がある一点に降り注いでいた。なんとも幻想的な雰囲気だが、ユンシーの頭のなかにはこんな森でどうしてという考えも浮かぶ。魔王が支配する森とは思えない、美しく尊い光景だった。


「見ろ。宝箱だ」


フルエルがユンシーの背中からひょっこり顔を出すと、月明りが照らすそこには大きな宝箱があった。その宝箱を見たフルエルは胡散臭いものを見る顔になる。良いものが入ってますよと言わんばかりの何とも怪しい宝箱だったのだ。明らかにこちらを誘っていた。カラフルな見た目の毒キノコみたいなものだ。


「どうしてこんなところに?」

「……なあ。開けてもいいか?」


ユンシーは真剣な声色で言った。


「え? はあ? こんなところにある宝箱なんて怪しいですって!」


フルエルの忠告も聞かずにユンシーは宝箱に近づいていく。どうして森のなかに宝箱があるのか。そんなことはどうでもよかった。そこに宝箱があるのなら開けなければいけない。それがユンシーの信条だ。その信条が彼女の人生のなかで何度も運命を捻じ曲げて来た。


「ああ。どうなっても知りませんから!」

 

ユンシーは宝箱の前で膝を付いてしゃがんだ。ゆっくり丁寧に指を挟まないように宝箱を開ける。中身は金銀財宝か、それとも甘い蜜を吸いに近づいた者を捕食する賢い魔物か。宝箱の中身は月の明かりに照らされた。月光が銀を輝かせる。


「……これは」

「女の子?」


そこには赤くフカフカなシーツに包まれるように寝ている少女がいた。二人と同じ年ごろの人間の少女に見えるが、身体の作りが少しだけ違う。フルエルと似たように耳が尖り、おでこの辺りには二本の小さな角が生えている。赤のシーツに包まれる銀髪はおそらくこの世のどのような宝石よりも美しかった。


「お前に似てないか?」

「うーん。ハーフエルフですかね?」

「ハーフ? もう片方は?」


普通の人間とも違ったしエルフとも違う。フルエルは少女の正体をハーフエルフだと考えるが、もう片方の血はおそらく人間のモノではない。


「……竜かな?」


フルエルが呟いた瞬間、月光を何か巨大なモノが遮った。急に影が落ちて驚いたフルエルは「きゃあ」と叫んで身を屈めた。戦場に似つかない何とも女の子らしい仕草だ。「なんですか急に!」と怒って空を見上げるけど、そこには夜空が広がるだけ。遮るものは何もなく、まん丸と輝く月が見えていた。フルエルは「あれ?」と首を傾げる。


「竜だな」

「何を呑気なこと言ってるですか。空に何かいましたって」

「……フルエル。前を見て見ろ」


ユンシーに言われてフルエルは前を見る。そこには自分たちの何倍もの大きさのある竜がいた。鱗を纏った巨大なトカゲに大きな翼が生えているような見た目。パッチリと目を開け、月の明かりのような瞳を輝かせこちらを覗いている。

 

「ぎゃあああああああ!!!」


フルエルの悲鳴があまりにも大きくて、ユンシーは思わず耳を塞いだ。フルエルが叫んだからなのか、それともタイミングが偶々合ったのか。森の中から狼の大群が現れ、二人は周囲を囲まれた。


「竜と言っても様々だな。昔に見た大魔王は人の見た目をした竜だった」

「もうダメだ。おしまいだ」

「あの竜はわたしが相手をする。フルエルは狼の群れを頼めるか」

「む、無理無理! 無理です! わたし、犬っころにも負ける自信がありますよ!」


フルエルが駄々をこねる最中、やっぱりうるさかったからだろう、宝箱のなかから少女が起き上がる。眠たそうに大きな欠伸をしながら降り注ぐ月光に逆らうように腕を上げて背伸びをする。美しい銀色の髪がキラキラと輝いている。少女に呼応するように竜が咆哮した。凄まじい風圧に少女たちの髪が揺れる。


竜の咆哮が銀髪の少女の復活を祝ったのか、それともユンシーたちを威嚇したのか定かではないが、その咆哮というのは所謂悪手であり、キーンという耳鳴りの後フルエルが見たのは、唯一の得物である長剣を投擲するユンシーと、大きく開けた口に長剣が刺さって絶命する竜の姿。


「おお! 竜種を一撃で倒すとは凄まじい投擲だ」


そして、その一瞬の戦いに手を叩いて喜ぶ銀髪の少女だった。


「しかし狼種の群れはどうする。竜種より個の能力は弱いとは言え、群れてさえいれば突破は困難を極めるな」


銀髪の少女は宝箱に座ったまま笑みを浮かべてユンシーを見た。彼女の言う通り、この狼の群れを突破するのは厳しい戦いになるだろう。さらにユンシーは竜を倒すため唯一の武器を投擲に使っている。頼れるのは己の身体だけ。……あと頼りにならない仲間も一応隣にいる。もちろん戦力として数えてはいないが。


「一つ、聞いても?」

「うむ。なんでも聞くがよい」

「お前は何者だ」


銀髪の少女は「よくぞ聞いてくれた!」と宝箱の上で立ち上がる。

 

「魔王城出身、メルメル・モンロー! 父は大魔王。母は気高きエルフである! 余は普通の人間に興味はない! 面白い人間に興味があって、こうして宝箱に入り魔王城を抜け出してきたのだ! わっはっはー」


 




 

 

 


 

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耳の小さなエルフたち。 フリオ @swtkwtg

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