第二章


「その絵、いいね」


人生でほとんど他人と会話をしてこなかった私が、絞り出した一言だった。


「ありがとうございます」


彼は照れたように答えた。


「私も絵を描いているんだ」

「そうなんですね」


少しの沈黙の後、彼が口を開いた。


「どうして絵を描こうと思ったんですか?」


私は少し悩み、こう答えた。


「普通になれなかったから。

 私は天才であって、劣等種ではないことを証明するために、絵を描始めた」


「それは素晴らしいですね。芯がある人は、良い作品を描けると思います」


本心かどうか分からない言葉だった。


「君はどうなんだ?」


そう尋ねると、彼は少し困った顔をした。


「……孤独感を紛らわすため、だと思います」


自信なさげで、どこか寂しそうな声だった。


小一時間ほど話し続けた。

途中、声が大きかったのか、周囲から訝しげな視線を向けられたり、

「席、座ってもいいですか」と声をかけられたりもした。

だが、話すことを楽しんでいた私は、特に気にならなかった。


「これ、僕の連絡先です。また連絡してください」


私は会計を済ませ、カフェを後にした。



数日後、大学で彼を見つけた。


「おーい」


彼は顔を上げた。どうやら風景画を描いていたらしい。

私は抽象画を描いている。理由は単純だ。最も評価されたからだ。

正直、良さはよく分からない。


「久しぶり!」

「お久しぶりです」

「まさか同じ大学だったとはね」

「本当ですね」


「大学で、風景画?」


「何も描けなくてもいいんです。

 ただ描きたいから。楽しいから描くんです」


私は少しムッとした。


「天才っぽい一言だね」


嫌味を込めて言う。


「やめてください」


余裕そうな笑顔。

なぜか、その笑顔に既視感を覚えた。


グゥ、と腹が鳴った。気づけば午後一時。


「一緒にお昼、どう?」


彼もまだ昼食をとっていないらしく、学食へ向かった。

安さ以外に取り柄のない味にも関わらず、そこは人で溢れていた。


「安いだけで、味は良くないのにな……」


苦笑が返ってきた。


食事を終え、隣同士で座る。


「制作はどうだい?」

「そこそこです」

「よければ、絵を見せてくれないか」

「僕の絵でよければ」


彼はカバンからノートを取り出し、恐る恐る開いた。


私は驚いた。

あまりにも拙い。小学生の落書きのようだった。

色が合っている、という程度しか褒め言葉が見つからない。


「どうですか?」


満面の笑みで問われる。


「……私には、描けない絵だ」


不自然な返答だった。

だが彼は、少しも表情を変えなかった。


「下手でしょう。でも、これでいいんです。僕は満足してますから」


彼は純粋に絵に向き合えていた。

だからだろうか、彼と過ごすことで自分の道が開ける気もしていた。


私が失ってしまったものを、彼は持っている気がした。

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