薔薇の怪人

 アルノス様への言葉を中断し、私は駆け出した。


 私は弾かれるように立ち上がり、音のする方へ走り出した。アルノス様には申し訳ないと考えることすら、動き出した後の思考だった。


 悲鳴に混じって聞こえてくる破壊音。何が起こっているかは分からないが、まず間違いなく事件だ。


(それに今朝のこともあります。万が一魔物が暴れていたなら、被害が拡大する前に生徒の皆さんを避難させなくては)


 音が徐々に近くなる。生徒はあらかた逃げ出しているのか、すでに悲鳴は聞こえず、響いているのは破壊音だけだった。


 教室棟にほど近い庭園の角を曲がると、破壊の発生源がそこに立っていた。


(なんでしょう、あの魔物は……?)


 直立で手足らしきものが見え隠れするそれは、私の足音に気づき、動きを止めてこちらをじっと見つめていた。だが、それの頭部らしい部分に眼孔らしきものは見当たらない。代わりに咲き誇るのは、濃く赤い薔薇の花弁――それが、まるで見えない眼で私を見据えているようだった。


 その魔物を一言で表すなら花の異形。身体全体を覆うような棘々と禍々しいツタや葉はドレスのよう。女性っぽいシルエットの胸元には、黒色の薔薇が花弁を広げていた。


「リ……ア、ナ」


「!?」


 驚きのあまり、魔物の前だというのに身体が硬直してしまった。


(喋る魔物!? いや、それよりも私の名前を……?)


「うう……アァアッ!」


「くっ……!」


 触手のように伸びてきたツタを間一髪で回避する。我に返るのが遅れていれば、絡め取られるような速度だ。


 横に体を転がす。起き上がって体勢を立て直すとともに、左手の指先に魔力を込める。目撃されるかどうかなんて考えている暇はなかった。


晶装顕現リヴォルト・エンゲージ


 刹那の変身。追い打ちをかけてくるツタの束を、右手に装着した長剣で切り落とす。ボタボタと音を立てて地面に打ち付けられたツタは一瞬で枯れ果てて、灰のように風に吹かれてどこかへいってしまった。


(あの一言以外喋る様子はありませんが、あの瞬間確かに私の名前を呼んでいました。それにこのツタは恐らくは魔力で生成されたもの……! 言葉を話して魔力を扱う魔物など極一部の文献でしか見たことがありません……!)


 父の蔵書の中にあった建国史には、千年前に現国王の祖先が魔力を扱う魔物と戦いこの国を打ち立てたと書いてあった。現代では、歴史ヒストリーとも神話ミソロジーとも意見が分かれる書物であるが、目の前の現実に照らし合わせるとそんな魔物の存在は事実であったらしい。


 ツタの本数は着々と増えていく。しかし、この程度なら余裕はあった。動き自体は単調で、元が植物だからか、硬度もそれほどだ。


(この魔物はどこから来たのでしょう。出現現場は見ておりませんが、騒ぎの起こり方から察するに学園内になんの前触れもなく現れたようです)


 火の魔術で伸びてくるツタを燃やす。魔導鎧マギテック・アルマをまとったこの姿であれば、高い魔力効率によって詠唱すらなく魔術を行使できる。撃ち漏らした分は長剣で切り落とせば、こちらに届く攻撃はない。


 少しずつ、魔物へと距離を詰めていく。攻撃は単調で与しやすい相手ではあった。しかし、その攻撃をさばきながらも私の中では、ある疑問が膨れ上がっていた。


(本当に、倒してしまってもいいのでしょうか)


 魔物自体が情報源になるとは私も思っていない。魔物とは、一般的に知性を持たぬものであり、事件の原因につながるとは考えられない。私の理性はそう言っているが、魔物の呟きがその考えに待ったをかけるのだ。


 思考とは別に迎撃の手は止めない。距離が詰まって攻撃の頻度も上がっているが、そんなこととは関係なくそのすべては私に届かない。


 火の魔術が魔物に届いた。ツタとともにその体を焼かれ、苦悶の声を上げている。


「ウウ……グ、あ、ぁ……リ、アナ……アイアン、ハート!」


 体を燃やされ、悲鳴を上げるその間隙に、またしてもその魔物は私の名前を呼んだ。今度は家名までハッキリと。


(やはり、この魔物は私の名前を知っている……!)


 ためらいが、私の体を縛り付けた。魔物へと迫った長剣が、そこで初めてツタにからめとられて宙を舞う。無手になった私は、たまらず魔物からの距離をとる。


 魔力を集めなおして、剣を再生成する。自分の気持ちも分からぬまま、突撃の一歩を踏み込んだ。

 地面を崩すような踏み込みは、一瞬で魔物が反応できない速度に到達する。


 無防備にさらされた大輪の薔薇の根本に長剣が吸い込まれて……


「待ってくれ! リアナ・アイアンハート!」


 焦りをにじませたアルノス様の叫びでその動きを止めた。


 首元に触れるような距離まで迫った剣先は、薔薇の花弁の一部を切り落とすのみにとどまった。踏みとどまれたのは、アルノス様の声だけが原因ではないだろう。私の迷いも完全には振り切れていなかったからだ。


 魔物は後ろに飛びのき、逃げ去ってしまった。追いかけたいが、今はそれよりも彼の話を聞くことが先決だ。


「理由を、お聞かせください。アルノス様」


周囲に人の気配はない。アルノス様がほかの生徒を避難させてくれたらしい。


(魔物退治の手柄を自分のものにしたかった?)


部下の手柄を上官が掠め取り、自身の評価につなげようとするのは、戦場ではしばしば見られることだと父が言っていた。王子は功を焦ったのだろうか。


(いいえ、ほとんど付き合いはないですが、そんな短絡的な考えで動かれる方とは思えません。さきほどの協力の申し出も、ただの魔物退治というだけでなく、まだ見ぬトラブルを防ごうとしているようです)


アルノス様は私の言葉にすぐに答えようとはせず、右手を口元にあてて考え込むそぶりを見せる。青緑色の宝石がはまった指輪がキラリと光った。右手にはめているので、少なくとも『ミラヴィスの環』ではないだろう。


そして、少しの逡巡ののち彼は口を開いた。


「俺は、君を止めなければいけなかった。あの魔物はかなり特殊だからだ」


 彼の表情は真剣そのもの。それならば、私も相応の態度で臨まねばならない。


「あれは『環のリング・シェイド』という人工的に生み出された魔法生命体だ。君も聞いたことはないだろうか。俺の祖先が、強力な魔物を退治してこの国を建国したという話を」


「はい。この国の建国話を寝物語として、母に何度もせがんで聴いておりましたので」


アルノス様の口元が一瞬緩んだ気がしたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「なら話が早い。環の影は魔力を操り、強大な力を持つ特別な魔物だ。そして、これを生み出すための材料は現代において二つだ。一つは『ミラヴィスの環』、そして二つ目は……『ミラヴィスの環の持ち主』」


 心臓が跳ねる。つまり、今戦ったのが人間だったと言っているのだ。


「あれらの倒し方には手順がある。その手順を踏まなければ君は……あの人を殺していただろう」


 魔導鎧の仮面の下で頬を伝う汗が酷く冷たく感じた。


「……事情は分かりました。静止いただきありがとうございます。しかし、それならばその手順とはどういったものなのでしょうか」


 魔法を解除して魔導鎧を脱ぐ。私を守っていた鎧は魔力に溶けて空気中に霧散した。アルノス様が再び口を開こうとしたとき、どこからか低い男の声が聞こえてきた。


「それは私から説明させてもらおう」


「誰です!?」

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仮面令嬢の隠れた英雄譚 泳ぐ人 @swimmerhikari

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