魔法と勧誘

 一言二言、短い言葉を交わしながらたどり着いたのは人気のない中庭。この学園の敷地は広く、中庭と呼ばれる場所も複数ある。今朝魔物騒ぎがあったところとは違う場所だ。ちなみに、なにを話したかは全く頭に入っていない。


「ど、どうして私のような者が王子様のめ、目に留まったのでしょうか」


 マスクをしていても緊張は許容量を軽く超えていた。顔全体を隠すか、せめて目元を隠す形状の仮面ならもう少しマシだが、それはそれで不敬にあたるという別の問題が発生してしまう。


「三日前の夜のことだ。王都はずれの庭園にて魔物の出没騒ぎがあった」


 その騒ぎには覚えがあった。というのも、その魔物を倒したのは私だからだ。

 その日の私は入寮のため一足先に王都に入り、宿に泊まっていた。鍛錬として夜の走り込みをしていところで狼のような魔物と遭遇し、それを倒した。


「それがどうかしましたか?」


「とぼけなくていい。単刀直入に聞くが、その魔物を倒したのは君だな」


 表情には出さないが、体が強張った。目撃者はいなかったはず。戦闘の余波による被害を懸念して、周辺確認を行った際もあの庭園には誰もいなかった。


「その沈黙は当たりということでいいかな? それじゃあ当てたついでにもう一つ」


 肯定も否定もしていないが、今度はどんな隠し球が飛んでくるのかと身構える。


「今朝の魔物騒ぎを対処してくれてありがとう。君のおかげで騒ぎを最小限に抑えられた」


 私の中で警鐘が鳴り響いた。この話しぶりからするに、見られたのだ。私の魔法を。


「破廉恥です?!」


 思わず声が裏返ってしまった。耳の先、頭のてっぺんまで火であぶられたかのように熱くなる。


 ――魔法。それは、『ミラヴィスの』という特別な指輪を身に着け、強い願いを持つことで初めて得られる特別な力。その形は千差万別で、よほどの事情がない限り、一人として同じ魔法は発現しない。


 それならなぜ、いま私が羞恥にうち震えているかというと、魔法の内容というのは一般的に親しい者以外には公言しないものだからだ。


 魔法というのはその人物にとって、真に叶えたい願いが形になるもの。そんなむき出しの感情は人に誇示するようなものではない。例えるなら、自室の本棚の隠し扉の中身を知られるようなものだ。


 もちろん、公人であればその限りではないが、眼前の王子でさえ自身の魔法は公にしてはいなかった。今朝の件をマクリー先生に聞かれたときにはぐらかしたのも、魔法について知られたくなかったことが理由の一つだ。


「すまない。魔物騒ぎの調査に行った先で偶然君を見つけてしまった」


 乙女の秘密が偶然によって暴かれてしまったのか。というか、彼はどうやって私の目から逃れたのか。


「お詫びになるか分からないが、


 顔の熱が一気に引いていく。冷静になった私は、彼の言葉の重要さに意識が向いた。


ぼくをみつけないでハイド・アンド・シーク


 彼の言葉の真意を問いただそうとするが、そこに彼の姿はなかった。周囲を見回しても、どこにもあの金髪は見当たらない。


(今のが彼の魔法!)


 そして恐らくは、瞬間移動か姿消し。私を見ていたという言葉からすると、後者だ。


「探して!」


 周辺に探査魔術を巡らせる。魔力を周囲一帯に飛ばして、魔力の揺らぎを見つけたら私に知らせてくれる簡易的な魔術だが、それに引っかかるものはなかった。ならば瞬間移動かと、選択肢を変更しようとしたところで虚空から声が降ってきた。


「驚かせてすまない。これが俺の魔法だ。俺という存在を希薄にし、魔術的・物理的に俺を隠す」


 そこまで言って、アルノス様はもう一度姿を現した。今度は私の正面ではなく、中庭に設置されているベンチに座りながら。


「君も座りたまえ」


 おずおずと彼の隣に腰掛ける。王子の誘いを無下にはできない。

 警戒心丸出しの私を見てアルノス様は苦笑する。


「どうやら、君は聡い人のようだ。俺の言いたいことが伝わってしまったらしい」


「王子の持つ魔法なんて、誰もが知りたがる情報です。国王様やアルノス様の兄上である第一王子など、ご活躍されている方々は、ご自身で魔法を公表なされていますが、そうでない人がほとんどです」


 それを私に明かしたということは、それだけ通したいお願いがあるということ。


「単刀直入に言おう。君に協力してもらいたいことがある」


 予想通りの言葉が王子の口から飛び出した。それと同時に視線が鋭さを増す。


「もしかして、ここ数日の魔物騒ぎと関係が?」


王都周辺に魔物が現れた例は、実のところ私が倒した件以外にも発生していた。ここ一か月の期間で報告件数が数倍になったと父が漏らしたのを数週間前に聞いたばかりだ。


「……その通りだ。君のその力を見込んで、この学園の治安維持を手伝ってほしい」


(なかなか難儀なことをおっしゃいますね)


 協力自体は、実のところやぶさかではない。軍人である両親からは困っている人を助けなさいと教えられてきたし、できる限りその教えを遵守してきた。魔物が学園内に侵入しているなんて、本来もっと騒がれるような非常事態だ。それでも、躊躇われる理由がいくつかあった。


 一つは、私の魔法が学園の方々に知られてしまうということ。面倒なことこの上ないが、情報は政治のカードだ。私の『晶装顕現』が知られてしまうことに、どのような影響があるのか定かではない。


 そしてもう一つは、学園にいる他の人間に頼まないのかということ。教師や運営側には私よりも強い人が沢山いる。アルノス様となればほとんどの人間に顔も利くだろう。わざわざ新入生で面識もない学生の私を捕まえる意味はないはずだ。


「慎重な姿勢も好ましく思うが、事態は急を要する。君の考えうる懸念点を解消しようと思うのだが、どうかな」


 そう言ってアルノス様は左手の人差し指を立てた。余裕のありそうな仕草だったが、言葉には確かな焦りがにじんでいた。


「一つ目。これはやはり君の魔法についてだろう。対策として、魔物退治の際は俺の部下に人払いをさせる。もちろん、部下たちには魔法の詳細を知らせはしないし、これは協力者全てに適応するつもりだ。そもそも安全な状況でなければ魔物と戦うことはできないだろうしな」


 彼が私の魔法を故意的に晒すようなことはおそらくない。なぜなら、彼自身の魔法を先んじて私に披露したからだ。そもそも口外する気はなかったが、これによってお互いをけん制しあう形になる。


「それでは、なぜ私に声をかけたのですか。学園内なら私よりももっと適任な方がいるはずです」


 それを聞いて彼は、ぐっと私に顔を近づけてきた。


(ち、近い! 同年代の殿方のお顔が……触れられるほど近くに……!?)


 動揺を表に出さぬように努めたことが功を奏したのか、彼は私にかまわず声を潜めて、その理由を話してくれた。


「これは二つ目の理由だ。学園内に危険分子がいる可能性がある。とある人から聞いた話で俺も半信半疑だったが、今朝魔物が学園内に現れたことで情報の確度が上がってしまった」


 ようやく顔が離れる。心音が聞こえてしまったかと思うほどに私の心臓は強く跳ね回っていた。


「つまり、魔物を自らの手で退治していて、この学園に直接的なかかわりがない実力者として君を選んだのだ」


 危険分子が潜んでいる。それも、彼の説明からするに白昼堂々魔物を学園のど真ん中に出現させる手引きができるような人物だ。


「……私が自作自演していたと疑わなかったのですか」


 もうそこまで来ると未来予知か読心術が必要だと思う。無茶苦茶なことを言っている自覚はあった。


 アルノス様は苦笑してベンチの背もたれに倒れ込むように脱力した。


「それなら、見事と言うほかあるまい。今だけなら俺の首も取り放題だぞ?」


 仰け反って自らの首をあらわにするアルノス様。状況を考えると、豪胆にもほどがある。


(私自身も特別にやりたい事があったわけではありません)


 王国に陰謀の魔の手が迫っているというのであれば、アイアンハート家の娘としても協力することはやぶさかではなかった。


「わかりました。微力ではありますが……」


 了承しかけたその時、空気を引き裂くような悲鳴が中庭に響き渡った。


「失礼します!」


「おい!」


 私は弾かれるように立ち上がり、音のする方へ走り出した。アルノス様には申し訳ないと考えることすら、動き出した後の思考だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る