第三王子 アルノス・レイクラウン

『婚約者を見つける』


 私の宣言を聞いて、やけにひきつった笑顔のマクリー先生から見送られながら教室へ戻った。


(それにしても、私の目標を伝えたあたりから先生の顔色が優れなかったな……)


 幾度も言葉がつっかえる私の姿を見て浮かんだ言葉を飲み込んだに違いない。難しいのは分かっているが、それでも私は本気だ。それが家のためになるのだから。


 荷物を取りに戻った教室にはほとんど生徒が残っておらず、がらんとしていた。


(そういえば今日は放課後活動の見学があるのでしたね。私はどこに所属しましょうか)


 軍人である両親に倣って、私は幼いころから鍛錬を積んできた。そのため運動ができるクラブに所属することも考えたが、このあがり症では運動部の人間関係についていける気がしない。かといって文化系のクラブも、なんだかしっくりくるところが見つからなかった。


 取り留めのないことを考えながら登校用の鞄を手に取る。ほとんど何も入っていないため、少しだけおさまりが悪い。


「お待ちなさい。リアナ・アイアンハートさん」


 いざ寮の自室に帰ろうと踵を返したその時、教室に残っていた生徒の一人が声をかけてきた。


「はい……?」


 振り返った先に立っているのは二人の女生徒。一人はカールした銀髪の勝気そうな美人。そして、もう一人は茶髪で快活そうな可愛らしい少女だ。


 二人とも自己紹介の時間に名前を聞いた。銀髪の方はヴィクトリア・リードさん。彼女の名前は世俗に疎い私でも聞いたことがあった。


 リード家といえば王国でも歴史の古い名家の一つ。その跡取り娘で類まれな美貌ともなれば、社交界でも注目の的だという。クラス長を自ら名乗り出る積極性もあるため、瞬く間にこの教室の中心人物となっていた。


 もう一人の方は、たしかアンナ・カペリアさん。彼女は数少ない推薦組らしい。


 本来ならこの学園には貴族しか入学することができない。しかし、とある条件を満たした場合のみ、その狭き門は貴族以外にも開かれる。彼女はその条件を満たして入学した一般国民なのだという。


 立場でいうと真逆の二人が、なぜか私の前に立っている。事情は全く分からないが、緊張感で喉がひっくり返ってしまいそうだ。


「今朝は入学式にいらっしゃらなかったと伺いました。それは本当ですか?」


 口火を切ったのはヴィクトリアさん。あまりにストレートな物言いで、思わずあとずさりしてしまう。一目散に教室を去らなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。


「……はい。今朝は寝坊してしまって」


 正直は美徳と自身に言い聞かせながら、今朝のことを話す。

 頭を抱えるようなヴィクトリアさんと苦笑いのアンナさんの表情がどちらもいたたまれない。


「まさに、貴族としてあるまじき事態ですわね。これから一年間、クラスメイトとして付き合っていく上で、クラス長の立場から言わせてもらいますわ」


 返す言葉もないとはこのことだ。どんなお説教であっても甘んじて受け入れよう。


「私、貴女みたいな怠惰な人間がこの世で一番嫌いですわ。自己紹介もろくにできず、挙句の果てにそのようなマスクで顔を隠すような不誠実な姿勢も気に入りません」


 初対面から嫌われてしまった。貴族としては異様なほど自信のない私に嫌気が差すのは分かる。しかし、面と向かってそれを言われるとは思わなかったため、ショックよりも困惑の方が強かった。


「は、はあ……」


(もうちょっとはっきり受け答えしてくれないかな私〜!?)


 挙句の果てに口から出たのは肯定でも否定でもない曖昧な返事。これでは燃え盛る炎に薪を焚べるようなものだ。当然、ヴィクトリアさんは口元をピクピクと震わせているし、アンナさんも冷や汗をかきながら苦笑している。


 雷が私に落ちる三秒前。またしても私の名前を呼ぶ声が、彼女の説教を遮った。


「リアナ・アイアンハートがいるのはこのクラスか?」


(今日はよく人に名前を呼ばれる日ですね)


 現実逃避気味な内心のまま声の方向へ振り向く。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、日の光を受けてキラキラと輝く金髪。ヴィクトリアさんの銀髪も手入れが行き届いていて綺麗だが、その金糸の輝きは二重の意味で強烈だった。


「ア、 アルノス・レイクラウン様……!?」


 教室にいた誰かが呆然とその名を口にした。

 アルノス・。レイクラウン家の第三子であり、私たちの一学年上の生徒。嘘偽りなく正真正銘の王族であり王位継承権のある王子が、なぜか後輩のいる教室を訪ねてきたのだ。


 教室には私たち三人のほかに数人の生徒が残っていたが、その誰もが例外なく驚愕の表情を浮かべていた。


(きっと私の耳がおかしくなったのですね。呼ばれたのはきっと別の人でしょう)


「ヴィクトリアもこのクラスだったか。突然の訪問で申し訳ないが、リアナ・アイアンハートという生徒を知らないだろうか。このクラスにいると聞いてきたのだが」


(聞き間違いじゃない!)


 教室中の視線が私に注がれる。憧れの学園生活を妄想して寝坊した私だが、さすがにこんな展開は全く考えていなかった。

 頭を抱えて座り込みたかったところを、なけなしの矜持でなんとか踏みとどまる。視線だけは目一杯逸らして、目を丸くして驚いて硬直しているアンナさんの方へ向けていたが。


「ああ、その子か。すまないが少しだけ話をさせてほしい。連れて行ってもいいか?」


「かまいませんが、なぜその方を?」


「少しだけ、興味があったからかな」


「……そうでしたか」


 互いに面識があったらしいヴィクトリアさんとアルノス様が言葉を交わすたびに、私抜きで話が進んでいく。もちろん私に拒否権はなく、肩を丸めてアルノス様のあとをついていくしかなかった。

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