第24話 親友の裏切り
大学時代は、今思えば童貞を保守することで、結果的に保守思想に目覚めていった時期だったのだと思う。大学デビューは見事に失敗し、童貞卒業は社会人デビューに持ち越しが確定した。周囲が何かを始めているように見える中で、私は何も始められず、ただ同じ場所に立ち続けていた。その停滞を、思想という言葉で包んでいただけだった。
そんな中で、保守思想仲間の友達が一人だけできた。人数としてはそれで十分だった。講義の合間や学食で、よく一緒に過ごした。政治や思想の話をしているときは、時間が早く過ぎた。実際には、惨めさを慰め合っていただけなのかもしれないが、そのときは気づかなかった。
トクヴィルもハミルトンもチェスタートンも福田恒存も小林秀雄も、
「保守たるもの女を愛せよ」
と言っていたことは知っていた。だが、その言葉はどこかに置いたまま、私たちはエロゲーにハマる日々を送っていた。理想と現実の距離を測ることはしなかった。測ったところで、どうにもならないと思っていた。
ズッ友になる予定だったその友達に、私は高校時代から発症していた糖尿病のことを告白した。運動不足と過食で、数値は悪化していた。体は重く、眠気も抜けなかった。その苦しみを分かち合ってくれる男の存在が、当時の私にはありがたかった。話を聞いてくれるだけで、救われた気がした。
食事療法と運動を強要してくる毒親とは違うと、はっきり感じた。彼は、私に何も求めなかった。一緒にいる時間を、そのまま肯定してくれた。私たちはミスドに行き、マクドに行き、牛丼特盛を食べた。血糖値のことは話題にしなかった。その無言の了解が、友情の証のように思えた。
そんなある日、その友達に彼女ができていた。話を聞いたとき、驚きはなかった。ただ、少し空気が変わった気がした。初めて会った彼女は、あまり綺麗とも可愛いとも言えなかった。だが、私にとってはそれ以前の問題だった。女性と話すのは中学以来だったので、やや緊張していた。
彼女は、開口一番、こう言った。
「糖尿病なんでしょ? おしっこ甘い匂いするの? きもーい」
言葉は軽く、ためらいもなかった。私は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「え、こいつ、なんでバラしてるの?」と、頭の中で思った。すると友達が、嬉しそうに続けた。
「マジマジ。高校時代から糖尿病なんだって。普通に痩せろよってね」
二人は笑っていた。どちらが先でもなく、自然に笑っていた。
その場で、何かが終わった気がした。私は何も言わなかったし、言えなかった。言葉を探す前に、場の空気が先に動き出していた。笑い声が次の話題を呼び、私はその流れから外れたまま置かれていた。
友達は軽い調子で話を続け、彼女もそれに合わせて頷いていた。糖尿病の話は、いつの間にか私個人の問題ではなく、育て方や家庭環境の話にすり替えられていた。親が甘やかしたからだ、管理しなかったからだ、そういう説明が自然に差し込まれた。誰かが悪者になることで、その場は落ち着きを取り戻していた。
毒親という言葉が、便利な受け皿として使われた。私の身体の不調も、秘密をばらされたことも、笑われたことも、すべてそこに放り込まれた。私は反論しなかった。反論すると、その場の均衡が壊れる気がしたからだ。壊れるのが怖かったのか、面倒だったのか、自分でもよくわからなかった。
結果として、誰も責任を引き受けなかった。友達は裏切った意識を持たず、彼女は無邪気なままで、私は説明される側に固定された。残ったのは、処理されたあとの軽い笑いと、話題が変わったという事実だけだった。それだけで、その場はきれいに終わったように見えた。
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