第22話 初恋
中学校に入ると、精通がきた。きっかけは隣に座った少女が話しかけてくれたことだった。声は小さく、視線もよく泳いでいて、教室の中では目立たない存在だった。私でも相手をしてもらえそうだと思った瞬間に、恋だと判断した。理由はそれだけだった。授業の内容よりも、その判断の方がはっきり記憶に残っている。
ほどなくして、私たちは会話をする間柄になった。内容はどうでもいいことばかりで、昨日の給食とか、黒板の字が見えにくいとか、そんな話だった。私は話題を選んでいたが、選びすぎないようにもしていた。彼女の清楚さが壊れない位置を、無意識に測っていたのだと思う。その時間は短く、しかし当時の私には十分だった。
半年後、私は告白をした。放課後でもなく、特別な場所でもなかった。返事はすぐに返ってきた。
「今は恋とかそういうことはわからないし」
私は納得したし、ほっともした。なぜなら、その少女の清楚さこそが神性であり、それ自体が恋の原動力だったからだ。
一週間後、三年のサッカー部のキャプテンとその子が一緒に歩いているのを見かけた。距離は近く、会話は自然に見えた。私はサッカーをしたかったが、両親に反対され、させてもらえなかったことを思い出した。嫉妬よりも、親への怒りのほうが先に立った。感情は整理される前に、すでに別の方向へ流れていた。
数日後、偶然、サッカー部のキャプテンが友人たちと話しているのを耳にした。声は大きく、内容は選ばれていなかった。
「あの女、やべー。二回目のデートで俺の部屋にきてさ、食っちゃったよ」
私はその言葉を、事実として記憶した。判断はあとでいいと思った。
私は少女にそのことを報告した。君は騙されている、君は制欲の対象としか見られていない、君との行為をあいつは喋ってるぞ、と。言葉を選んだつもりだったが、選びきれていなかったのかもしれない。あるいは、最初から選ぶ気がなかったのかもしれない。彼女はすぐに反応した。
「キモい! あんたこそ、みんなの前で大きな声で! もう話しかけてくんな! キモデブ! あと、ずっと思ってたんだけど、あんたみたいなキモオタのデブが私と釣り合うわけないだろ! まじキモいんですけど!」
それは小一時間ほど続いた。
私は悲しみに暮れて家に帰った。たまたま、その日は母親のパートが休みだった。台所に立つ姿を見た瞬間、怒りが別の対象を見つけた。私は思わず、声を荒げた。
「お前も、あの父親と卑猥なことをやってるのか! 下品なことをしたのか!」
自分でも唐突だと思ったが、口は止まらなかった。
突然の正論に困惑した母親は、首をかしげながら言った。
「何言ってるの? どうしたの?」
そのぶりっ子のような反応が、ひどく目についた。まじでキモかったので、私はさらに激しく問い詰めた。言葉の内容よりも、勢いのほうが先行していた。
しばらくして父が帰ってきた。一通り話を聞き終えたあと、父は短く言った。
「子供の作り方を知らんのか、お前?」
母親はそれに続けた。
「あー、お父さん、この子の通信簿1か2しかないんですよ。保健体育は1でして…」
父は少し考えるような間を置いてから言った。
「学校の勉強も大事なんだなー」
母親は、そこで話をまとめるように言葉を重ねた。
「ほんとですね。勉強はいいからって言いすぎましたかね」
父も同調するように続けた。
「ちょっとは厳しくしたほうがいいかもな。なあ、お前、塾にでも行ってみるか。金なら気にするな。その分くらい残業してやるよ」
母親は最後に、穏やかな声で締めくくった。
「私もパート増やしましょうか。この子には、私たちが受けられなかった分まで、満足な教育を受けてほしいですものね」
そうやって二人は、責任を少しずつずらしながら、自分たちだけが安全な位置に立っていた。私はその場で、何も言わなかった。言う必要があるとも思えなかった。ただ、これは最悪の思い出だと、あとになってから整理した。それだけの話だった。
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