第21話 私の幼少期

子供の頃から、親を毒親だと認識していたわけではなかった。ただ、思い通りにはさせてくれない親だな、とは思っていた。理由は分からないが、何かを欲しがるたびに、話が止まる。説明は短く、結論だけが残る。


周囲の子供たちと比べると、うちは貧しかったようにも思える。はっきりした根拠があるわけではない。ただ、持っていないものが多かった。母はパートに出ていて、夕食は一人で食べることが多かった。


電子レンジが買える家庭ではなかったから、温め直すという発想すらなかった。食卓には、お弁当のような冷めた夕食が用意されていた。蓋のない弁当箱みたいな配置だった。それを、一人で食べた。テレビアニメをつけて、音を埋めながら。


寂しいと思っていたかどうかは、よく分からない。一人で食べること自体は、普通だった。普通が続くと、それが基準になる。


毒親だと思うようになったきっかけは、ゲーム機を買ってもらえなかったことだ。周囲の子供たちは、当たり前のように持っていた。話題は、いつもそこから始まった。どのソフトがどうだとか、次は何が出るとか。


買ってもらえない理由は、はっきりしなかった。父の教育方針だったのか、母の思い込みだったのか。どちらにせよ、結果は同じだった。私は、その輪に入れなかった。


話についていけないと、呼ばれなくなる。呼ばれなくなると、ますます分からなくなる。そうやって、距離ができた。


私は、おもちゃ屋でゲームを盗むことにした。計画は簡単だった。成功した。誰にも気づかれなかった。ただ、盗んだのはゲームソフトだけだった。本体がなければ、遊べない。


家では、当然、遊べなかった。だが、説明書とパッケージはあった。絵を見る。文字を読む。どういう世界で、どういう主人公で、どんな活躍をするのかを、頭の中で組み立てた。


想像の中では、私は強かった。失敗しなかった。仲間もいた。説明書の余白を埋めるように、物語を作った。勝ち方も、エンディングも、自分で決められた。


この頃から、空想の世界で活躍する妄想をするようになった。現実よりも、整っていた。努力は必ず報われた。ルールが分かりやすかった。


小学校は、だいたいそんな感じだった。完全に孤立していたわけではない。口を聞く相手は、数人いたと思う。遊ぶことは少なかったが、挨拶や会話はあった。


友達と呼べるかどうかは、今でも分からない。ただ、誰とも話さない日々ではなかった。それで十分だと思うことにしていた。


夕方になると、家に帰る。冷めた夕食を食べる。テレビをつける。説明書を開く。想像を続ける。その繰り返しだった。


当時の私は、それを不幸だとは思っていなかった。ただ、そういう生活だった。それだけのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る