第20話 毒親との和解
父が地獄へ旅立った。年齢は七十手前だった。毒親として四十年近く生きてきたのだから、行き先としては妥当だと思った。私はそう整理した。母親は泣いていた。声を上げて、止まらずに。
私は出席する気はなかった。だが、母親が泣きながら頼んだ。
「交通費と喪服代、出すから。お願い、出席して」
仕方なかった。通夜と葬式に出た。式場は落ち着いた匂いがした。人が多かった。近所の人たちが集まっていた。父は、そういうところだけは抜かりがなかったらしい。
居心地が悪かった。視線が多い。言葉は穏やかだが、間に何かが挟まっている気がした。私の悪口が、聞こえてくるような気がした。実際に聞こえたわけではない。気がしただけだ。
彼女が言っていたことを思い出す。イラストの仕事をくれていた会社に顔を出すと、世間話だけして返される。相手は笑っている。だが、心の声が聞こえてくる気がする、と。今、まさにそれだった。
かくして、この世で最も毒親だった父はいなくなった。さすがに「ざまあみろ」とは言えなかった。世間の目が気になって仕方がなかったからだ。ここでは、私は息子でしかない。
葬式が終わり、帰る段になって、母親が言った。
「仕事は、やれてるの? 駄目なら、こっちにいい仕事があるから、口を聞いてあげるよ」
余計なことばかり言う。私は出版社と組んで、出版業をしている。そう言った。自費出版だが、出版だ。
「やりたいことを、やってるし、手応えはあるんだ!」
母親は首を振った。
「いい歳こいて、まだそんなことを」
私は言い返した。
「あのな! 俺は、歴史に名を残すんだから、指図するな!」
母親は、少し黙ってから言った。
「お父さんは、もういないんだよ。あんたの年金や家賃、払ってくれてたけど。それも、もうなくなるんだよ」
言葉が、遅れて入ってきた。
「え? じゃ、これから、俺が、年金と家賃を、払わないといけないの?」
衝撃だった。眩暈がした。彼女との結婚費用も必要だ。借金の返済もある。どうして、今、それを言う。どうして、今、それが来る。
本当に毒親すぎて、ドン引きした。最後まで、やりたいことをさせてくれない。父が消えても、毒は残っている。
帰宅して、彼女に話した。通夜の空気。母親の言葉。年金と家賃の話。彼女は、静かに同意してくれた。否定しない。遮らない。
私は心の底から思った。やはり、彼女は私の理解者だと。それに引き換え、父はあんな女とよく一緒にいたなと、少し同情した。
その瞬間、ほんの少しだけ、和解したような気がした。父と、ではない。出来事と、かもしれない。名前は分からない。
部屋は静かだった。喪服は、まだ皺のままだった。支払いのことを考えると、息が浅くなった。それでも、夜は来る。来てしまう。
和解という言葉は、便利だ。終わった感じがする。だが、終わったのは式だけだ。生活は、これからだった。
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