第19話 もう一人の毒親
父親とは、とにかく折り合いが悪かった。ああしろ、こうしろ。世間では通用しない。甘えるな。親父の思い込みが、そのまま命令になって飛んでくる。理由は説明されない。説明がないまま、正しさだけが置かれる。完全な毒親だと思っている。
母親は、まだマシだ。そう思うことにしている。だが、よく考えると、母親も同じだ。心配するふりをして、進路に制限をかけてくる。安全だ、無難だ、堅実だ。その言葉の裏で、選択肢が減っていく。減らされることに、私は気づいていた。だから母親も、やはり毒親だ。
少年だったある日、親父が倒れていた。床に横たわって、動かなかった。私は立ち尽くした。救急車を呼ぶべきかどうか、迷った。理由は単純だった。やり方が分からない。間違えたら恥ずかしい。電話で、うまく説明できなかったらどうする。そういうことが、頭を占めた。
倒れている父親の前で、私は逡巡した。時間が伸びた。秒針の音が、やけに大きく聞こえた。
そのとき、母親が血相を変えて駆け込んできた。
「なにしてんの!?」
「お父さんが死んじゃうよ!」
母親は、すぐに動いた。電話をかけ、説明し、指示に従った。救急車は来た。父親は運ばれた。一命は取り留めた。今では回復している。
後から聞いた話では、脳梗塞だったらしい。私が何もしなかった半刻が、全快の機会を奪っていたかもしれない、と言われた。可能性の話だ。だが、その可能性は、ずっと残った。
それ以降、父親は私に何も言ってこなくなった。命令も、説教も、押し付けもない。静かになった。その静けさが、かえって居心地が悪かった。
代わりに、私は父に生前贈与の話を持ちかけた。現実的な提案だと思った。老後の整理。相続のトラブル回避。だが、父は話を聞かなかった。視線を外し、話題を変えた。拒絶だった。
毒親だからだ。そう整理した。そうでなければ、説明がつかない。
母親は、その様子を見て、私を罵った。
「なんて酷い子供だ!」
声は震えていた。怒りと悲しみが混じっていた。私は反論しなかった。反論すると、長くなる。長くなると、何も変わらない。
どっちもどっちだと思った。父も、母も。毒親は毒親とくっついて、私を産んだらしい。そう考えると、腑に落ちるところがあった。
私は悪くない。少なくとも、全部が私のせいではない。そういう結論にしておくと、話は終わる。終わらせないと、生活が回らない。
やれやれだ、と私は思った。言葉に出すと、少しだけ軽くなる。軽くなった分、何かを置き忘れている気もしたが、確認はしなかった。
部屋は静かだった。親父の声も、母親の声も、ここにはない。毒親という言葉だけが、きれいに残っていた。それで十分だと、今は思うことにした。
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