第18話 毒親への報い

母が倒れたという知らせは、唐突だった。電話口の声は落ち着いていたが、内容だけが現実味を欠いていた。私は最初、「嘘だ」と思った。それ以外の言い方が見つからなかった。


面倒を見る金はなかった。里帰りする金もなかった。財布を確認して、すぐに分かった。選択肢はない。選べないという事実だけが、はっきりした。


母は毒親だった。だが、近所付き合いは良かったらしい。隣の人が救急車を呼んでくれた。さらに、当面の入院費まで立て替えてくれたと聞いた。その情報が、遅れて効いてきた。


私の面子が、完全に潰れた。親の面倒を見ない息子。金も出せない。戻ることもできない。代わりに、他人が動いている。


「なんでだよ」


声に出した。誰に向けたものでもなかった。


「やはり、あいつは毒親だ!」

「恥をかかせやがって!」


怒りは勢いを持っていた。倒れたことではない。その後始末を、私に背負わせたことだ。私は故郷に錦を飾れない。帰る顔がない。何も成し遂げていないまま、こういう形で名前が出る。


彼女に通話をかけた。事情を話した。言葉は荒れた。毒親という言葉を、何度も使った。私は正しい。そうでなければ、耐えられなかった。


彼女は、静かに聞いていた。否定もしない。励ましもしない。途中で、「うん」とだけ言った。その同意が、必要だった。


私に理がある。そう思った。毒親に同情するアホはいない。倒れたからといって、過去が消えるわけではない。責任を感じる必要もない。そう整理した。


通話は、自然に終わった。切る理由も、続ける理由もなかった。


一人になって、部屋でネットを眺めた。ニュース、SNS、どうでもいい話題。どれも、今の状況と関係がない。その無関係さが、逆に落ち着かなかった。


ふと、考えが浮かんだ。今頃、母親は一人で病室にいるのだろうか。隣の人は、そこまでは付き添わないだろう。夜になれば、白いカーテンと機械音だけが残る。


母親は、私のことをどう思っているのだろうか。心配しているのか。迷惑をかけたと思っているのか。それとも、何も考えていないのか。答えは、分からない。


その問いは、すぐに別の問いに変わった。私は、どう思われたいのだろうか。毒親の被害者か。冷静な息子か。それとも、ただの不在か。


考えているうちに、夜が深くなった。眠る気にはなれなかった。画面を閉じても、目は冴えていた。時間だけが進んだ。


徹夜になった。理由は、はっきりしない。怒りか、不安か、それとも別のものか。朝日が差し込んできたとき、部屋の色が変わった。


光は、容赦がなかった。隠していた考えを、そのまま照らす。正しいと思っていた整理も、整っていない部分が浮かび上がる。


私はそれを、直視したとも、目を逸らしたとも言えなかった。ただ、朝になった。それだけだった。

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