第17話 毒親へのリベンジ
母親が認めなかった、私のやりたいことを、私はついに成し遂げた。そう言っていいと思った。スタートは遅かったが、遅いこと自体は問題ではない。多くの人がケインズ経済学的な理解に触れたのは、東日本大震災のあと、民主党政権の時期だと言われる。私が本格的に触れ始めたのは、もっと後だ。二〇一九年頃だった。
時期は関係ない。重要なのは、今、ここで、私は語れているという事実だ。
大学では、経済学を勉強していない。というより、何も勉強していない。卒業はした。出席し、単位を取り、学位を得た。それだけだ。学費と生活費は、親が出した。それは当然だ。親なのだから。しかも、私のやりたいことを、ずっと反対し続けたのだから。
だから、私は出した。自費出版で二十万円。編集も、表紙も、印刷も。形にした。紙になった。タイトルがついた。ISBNが振られた。棚に並ぶ資格を得た。
「やったぞ!」
声に出した。続けて言った。
「ざまあみろ!」
その勢いのまま、母親に連絡をした。毒親とはいえ、少しくらいは喜ぶだろうと思った。認めなくても、驚くくらいはするだろう。そういう期待が、どこかに残っていた。
母親は、すぐに出た。声は、落ち着いていた。私は一気に話した。出版したこと。自分で金を出したこと。長かった道のり。遅かったスタート。だが、関係ないという結論。
しばらく、間があった。
「あんた」
母親は、心の底から悲しそうな声を絞り出した。
「生活は、大丈夫かい?」
「仕送り、しようか?」
その瞬間、何かが折れた。喜びでも、誇りでもない。別のものだ。私はそれを、毒だと呼ぶことにした。
こんな時まで、生活の心配。金の話。可能性ではなく、持続の話。祝福ではなく、補填。やはり毒親だ。最後まで、私の達成を見ない。見えない。見ようとしない。
私は短く返して、通話を切った。気分が悪かった。せっかくの勝利に、水を差された。勝利だと思っていたものが、急に軽くなった。
私は彼女に連絡した。事情を話した。母親の言葉を、そのまま伝えた。共感を期待したわけではない。ただ、吐き出したかった。
反応は、鈍かった。疲れている声だった。更年期の影が、まだ残っていた。私の怒りは、行き場を失った。
そこで、私は別の方向に向けた。生成AIイラスト賛成派の話題を出した。彼女が嫌うテーマだ。倫理だ、創作だ、仕事を奪うだ。言葉が強くなった。勢いがついた。
「だから、あいつらはだめなんだ」
私は罵った。誰かを。何かを。母親ではない相手を。彼女も、完全には止めなかった。止める力が、残っていなかった。
通話が終わったあと、私は本を手に取った。自分の名前がある。紙はちゃんとしている。二十万円分の重さがある。だが、さっきの言葉が、まだ残っていた。
「仕送り、しようか?」
それは、祝福ではなかった。だが、拒絶でもなかった。その中間が、私には一番きつかった。
毒親へのリベンジは、成功したはずだった。出版した。語った。形にした。なのに、勝った感じがしない。勝利の定義が、揺れている。
私は本を棚に戻した。棚は安定している。生活は、安定していない。思想は、整っている。関係は、整っていない。
リベンジは終わった。だが、決着はついていなかった。そのことだけが、はっきりしていた。
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