第16話 毒親
母親のことを、私は毒親だと思っている。そう言うと、話はだいたい分かりやすくなる。理解も得やすい。理由を細かく説明しなくて済む。世の中には、便利な言葉がある。
私はFラン大学に行った。頑張ったと思っている。少なくとも、自分なりには。周りが馬鹿にするほど簡単だったわけでもない。受験は受験だった。
学費は、親が出した。生活費も、親が出した。それは当たり前だった。出すものだと思っていたし、出されるものだと思っていた。感謝という言葉は、頭の中になかった。
やりたいことがあった。配信。文章。思想。母親は、それを評価しなかった。正確には、評価する以前に、興味を示さなかった。結果が出ていないものは、話題にならなかった。
「それで食べていけるの?」
母親は、いつもそこに戻った。私はその問いが嫌いだった。未来を今の尺度で測る。可能性を潰す質問だと思っていた。
私は頑張っている、と言いたかった。理解してほしかった。だが、母親は褒めなかった。止めもしなかった。ただ、距離を取った。その距離が、否定に見えた。
学費と生活費を出してもらっていたことは、頭では分かっている。だが、それは義務のようなものだと思っていた。親なんだから。そこに感情を乗せられると、話が変わってしまう。
「好きなことをやればいい」
そう言われた記憶はない。言われなかったことが、ずっと残っている。言われなかった言葉ほど、長く効く。
私は、自分で稼げていない現実を、母親の理解不足のせいにした。理解があれば、結果も変わったはずだ。環境が違えば、才能は伸びた。そういう仮定を、何度も使った。
親が出した金は、親の選択だ。私は頼んでいない。そう思うことで、負債感を消した。消さないと、立っていられなかった。
母親は、私の配信を見ていない。私の文章も、読んでいない。評価されていないことが、存在を否定されているように感じられた。評価されない努力は、努力ではないと思いたかった。
毒親という言葉を使うと、話はそこで止まる。相手は、それ以上踏み込まない。踏み込まれないことが、正しさの証明になる。
私は、親に認められなかった被害者だ。そういう物語を、何度もなぞった。なぞるたびに、現実は変わらなかったが、気持ちは少し整った。
学費と生活費を出してもらった事実は、消えない。だが、その事実をどう受け取るかは、自由だ。私はそれを、支配だと呼ぶことにした。支配に抵抗している自分は、少しだけ誇らしい。
母親は、今も普通に生活している。特別な反省も、後悔も、伝わってこない。その平然さが、私の中の何かを刺激する。
毒親という言葉は、便利だ。過去を整理できる。だが、整理したところで、生活は楽にならない。それでも、私はその言葉を手放さない。
それがないと、今の自分を説明できないからだ。
スマートフォンを見る。通知はない。母親からも、誰からも。私はその沈黙を、断絶と呼ぶことにした。その呼び方が、今の自分には一番しっくりきていた。
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