第15話 保守思想とはを真面目に語る俺

配信の準備は念入りにした。タイトルも、サムネも、構成も。今日は逃げないつもりだった。感情論ではなく、怒鳴りでもなく、きちんと語る。自分が何者で、何を守ろうとしているのかを。


話し始めると、言葉は途切れなかった。現代の日本は、変化を前提にしすぎている。壊してから考える癖がついている。制度も共同体も、個人の気分で扱っていいものだと思われている。私はそこに、危うさを感じている。


保守思想とは、反動ではない。過去への郷愁でもない。続いてきた理由があるものを、理由が分からないまま壊さない態度だ。私はそう定義した。定義を嫌がる人もいるが、今日はあえて置いた。


トクヴィルの話をした。民主主義は、人を平等にするが、同時に孤立させる。だからこそ、中間団体や慣習が重要になる。国家と個人の間に、緩衝材がなければ、自由は長持ちしない。その視点は、今の日本ではほとんど共有されていない。


福田恒存の名前も出した。進歩という言葉に酔う危険性。言葉だけが先に走り、責任や持続可能性が後回しにされる感覚。批評とは、未来を夢想することではなく、現在を引き受けることだという話を、私は丁寧に言い換えた。


アメリカの建国思想にも触れた。ハミルトンの制度設計。人間は善でも理性の塊でもないからこそ、権力は分散され、抑制されなければならない。道徳に期待しすぎない政治。それは冷たい思想ではなく、現実的な優しさだ。


チェスタートンの柵の話もした。理由が分からない柵を、まず壊すなという話だ。分からないなら、なぜそこにあるのかを学べ。学ぶ前に壊すのは、無知の傲慢だ。私はこの比喩が好きだった。分かりやすく、誤解されにくい。


コメント欄は珍しく静かだった。煽りも少ない。否定もない。私はそれを、集中して聞いている証拠だと解釈した。語っている間、生活のことは考えなかった。借金も、数字も、彼女の不安も。今は思想の時間だった。


一時間を超えたところで、私は話をまとめた。保守思想とは、変わらないことではない。変わり方を選ぶことだ。急がないこと。切らないこと。守る理由を、後からでも説明できるようにしておくこと。私はそう締めた。


配信を切った瞬間、胸の奥が少し軽くなった。今日は言えた。ちゃんと語れた。数字はまだ見ていないが、手応えはあった。会心の回だった。


すぐに彼女に通話をかけた。興奮が残っていた。


「今日の配信さ」


彼女は出たが、声が低かった。元気な反応を待ってしまった自分に気づく。


「保守思想の話、かなりちゃんとできたと思うんだよね。トクヴィルとか、福田恒存とか。制度の話も、ちゃんと。俺はやったぞー、ついにやったぞ!」


一気に話した。間を置くのが怖かった。


沈黙。


「……はぁ!?」


その声は、驚きというより疲労に近かった。


「今、それ? 私、今日一日、ベッドから出れてないんだけど」


私は言葉を止めた。更年期障害という言葉が、頭をよぎる。最近、彼女は鬱っぽかった。分かっていたはずだった。


「頭が重くて、何も考えられなくて、生きてる感じもしなくて」


彼女の声は、怒ってはいなかった。ただ、沈んでいた。


私はさっきまで語っていた思想を、急いで畳もうとした。だが、畳み方が分からない。今さら、保守の話をどう片付ければいいのか。


「すごいとか」


彼女は続けた。


「今、そういうの無理」


私は「ごめん」と言った。それは、今日一番短い言葉だった。


通話は続いたが、話題は戻らなかった。私の会心は、彼女の鬱に触れなかった。触れないことで、さらに距離が浮き彫りになった。


配信は成功した。思想は語れた。だが、生活も、関係も、軽くはならなかった。その事実だけが、あとから静かに残った。

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