第13話 悶々とする童貞

通話のない夜は、時間が余る。余った時間は、だいたい良くない方向に使われる。私は机に向かったまま、何もしていないのに疲れていた。画面は点いているが、見ていない。


彼女のことを考えないようにしようとして、結局その輪郭だけが浮かぶ。声の高さ、間の取り方、通話越しに聞こえる息の乱れ。触れていないのに、距離の話ばかりが頭を占める。近さを想像すると、同時に遠さが強調される。


私は童貞だ。事実として、ずっとそこにある。隠しているつもりはないが、使いどころもない。経験がないというより、経験を想像する癖だけが身についた。想像は、いつも途中で止まる。現実に繋がらないからだ。


彼女の部屋を思い浮かべる。画面の向こうにいつも映る同じ角度の壁。机の端。光の当たり方。そこに私がいる場面を作ろうとして、無理だと分かる。無理だと分かるまでが、毎回の流れだ。


身体の話にすると、言葉が汚れる気がする。だから私は、態度とか距離とか、別の言い方に逃げる。逃げている自覚はある。だが、正面から向き合ったところで、何かが解決するとも思えない。


欲求は、感情だろうか。私はそれを、問題として処理しようとする。問題は整理できる。整理すれば、触れなくて済む。触れないことで、きれいに保てるものがあると信じている。


それでも、夜になると想像は勝手に動く。彼女の声が近くなる。名前を呼ばれる気がする。呼ばれない現実が、すぐに追いつく。私は呼ばれない。今も、これからも。


他人の話が頭をよぎる。肉屋の噂。若い子。人妻。掲示板の下品な言葉。私はそれを軽蔑している。軽蔑しているが、羨ましさが混じらないわけではない。その混じり方が、自分でも嫌だ。


自費出版の本を手に取る。紙の重さはある。ページもある。だが、そこに身体はない。証明としては十分だと思っていたが、証明は慰めにならないことがある。特に、夜には。


彼女と話すとき、私は大人でいようとする。感情を抑え、正しさを選ぶ。そうやっている自分が、成熟だと信じている。だが、その態度が、触れたいという衝動と同じ場所から出ていることを、認めたくない。


悶々とする、という言葉は便利だ。曖昧で、少し笑える。笑えるから、まだ大丈夫だと思える。だが、笑えなくなる瞬間がある。誰にも見せない場所で、想像だけが膨らむ。


私は何もしない。何も書かない。誰にも連絡しない。しないことで、均衡が保たれる。均衡が、欲求より上位に置かれている。少なくとも、今は。


時計を見る。時間は進んでいる。私の身体も、同じように年を取る。彼女の身体も、どこかで年を取っている。その二つが交わらない事実だけが、確かだった。


スマートフォンを伏せる。画面は暗くなる。想像は消えない。消えないが、触れられない。触れられないものを、私は大切に扱っているつもりでいる。そのつもりが、正しいかどうかは、まだ考えない。

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