第6話 突きつけられた現実
配信の翌日、私は何もせずにSNSを眺めていた。能動的に見るというより、指が勝手に動いていた。昨日の配信は荒れていない。炎上もしていない。それなのに、落ち着かない感じが残っていた。
おすすめに、見覚えのあるアイコンが流れてきた。昨日、配信に来ていたリアリズムの配信者だった。彼の投稿は穏やかで、語気も強くない。私は特に意識せず、そのスレッドを開いた。
少し下に、引用のような形で誰かの発言が載っていた。直接名指しはされていないが、誰の話かは分かった。距離を取った言い方というのは、かえって具体的だ。
あの人、話が通じないんだよね
なに言っても道徳論で綺麗事に逃げるからさ
短い文だった。感情的でも攻撃的でもない。ただ、評価だった。私はそれを、評価として読んだ。否定でも反論でもなく、性質の説明だ。そう受け取るのが、一番公平だと思った。
逃げる、という言葉が少し引っかかった。私は逃げているつもりはない。むしろ、感情論に引きずられないように踏みとどまっているだけだ。その違いは重要だ。だが、重要なのは、私がどう思っているかではない。
スレッドを閉じると、通知が増えていた。私の配信の切り抜きが、どこかで回っているらしい。好意的なものもあった。否定的なものもあった。否定のほうは、だいたい同じ調子だった。
「定義をお願いします」
最初は一人だった。それが、二人、三人と増えた。定義、定義、定義。言葉を使った以上、定義しろという要求だ。私はその要求自体が、間違っているとは思っていない。ただ、重要だとも思っていなかった。
「感情」とは何か
「道徳」とは何か
「逃げる」とはどういう状態か
どれも、答えられない質問ではない。だが、答えた瞬間に、話は別の場所へ行く。私はそれを、何度も経験してきた。定義は入口であって、結論ではない。
「定義しないのは不誠実では?」
そういうコメントもあった。私は不誠実だと思われることには慣れている。不誠実だと思われるより、雑に扱われるほうが嫌だ。だが、その区別も、相手には伝わらない。
私は返信しなかった。返信しないことは、逃げではない。少なくとも、自分ではそう整理している。これは議論ではない。議論の形をした消耗だ。私はそう判断した。
リアリズムの配信者は、何も言っていなかった。彼は昨日も、深く踏み込まなかった。気を遣ったのだろう。あるいは、踏み込む価値がないと思ったのかもしれない。どちらでも、結果は同じだった。
あの人、話が通じない
その言葉が、もう一度浮かんだ。通じない、というのは拒絶ではない。通そうとする回路が、最初から違うという意味だ。私はその違いを、悪いことだとは思っていない。だが、良いことだとも言い切れなかった。
支持者の一人が、また書いていた。
「前提条件を明確にしてください」
前提条件。私は前提条件の話をしているつもりはなかった。態度の話をしていた。態度は、条件ではない。だが、その区別も、説明が必要になる。
説明を始めた瞬間、私はまた、道徳論に戻るだろう。それは私の癖で、武器で、限界だ。逃げていると言われれば、そう見えるのも仕方がない。
画面を閉じると、部屋は静かだった。誰かと通話しているわけでもない。誰かに怒鳴られているわけでもない。それでも、何かを突きつけられた感じがあった。
現実は、感情的でも論理的でもなかった。ただ、評価が並んでいるだけだった。私はその中に、自分の居場所を探そうとしたが、すぐには見つからなかった。
配信を続けるかどうかを考えた。考えただけで、結論は出さなかった。結論を出さないことが、今のところ一番安全な態度だった。
スマートフォンを伏せると、画面が暗くなった。反射に、自分の顔が映った。私はそれを見なかったことにした。正しいかどうかは、まだ分からなかった。
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