第4話 いつも通りの述懐

彼女との通話が終わってから、私はしばらく机の前に座っていた。怒りも悲しみもなかった。ただ、あの場面で取るべき態度について、順番に考えていただけだ。正しい順番があるはずだと思っていた。


彼女は感情的だった。そう判断するのは簡単だが、それを口に出すのは不誠実だ。感情的であること自体が悪いのではない。問題は、感情が判断を支配することだ。私はそこまで考えて、そこで止めた。今のは評価だと思ったからだ。


倫理の話に置き換えれば、整理できる。相手の尊厳を守るには、刺激しないこと。感情を煽らないこと。結論を急がないこと。私はそれを、ずっとやってきたつもりだった。やってきた“つもり”という言葉が、少し引っかかった。


彼女が求めているのは理解ではなく共感だ、と誰かが言っていた。だが、共感はしばしば嘘になる。分からないものを分かったふりをするのは、誠実とは言えない。私は誠実でいたかった。少なくとも、そういう態度を取っている人間だと思われたかった。


道徳論は、便利だ。正しさの外枠を先に決めてしまえば、感情は中に収まる。収まらない感情は、扱いが悪いということになる。私はその考え方を、間違いだとは思っていない。思っていないが、今それを彼女に向けて使うのは、適切ではない気がした。


彼女が泣いていたかどうかは分からない。泣いていない可能性のほうが高い。だが、泣いていないからといって、平気だったわけでもない。私はそういう区別を、普段は大切にしている。今日は、その区別を説明する場所ではなかった。


「正論は人を救わない」という言い方がある。私はその表現が好きではない。正論が救うかどうかは、使い方の問題だ。包丁が危ないからといって、料理をやめる理由にはならない。そこまで考えて、私はまた止まった。比喩が出てきた時点で、話は長くなる。


私は彼女に言うつもりだった言葉を、頭の中で並べてみた。どれも正しく、どれも今は言うべきではなかった。言わないことが正しい場面もある。私はそれを、成熟だと思っている。


通話の履歴を開くと、彼女の名前が残っていた。そこには、善悪も正誤も表示されない。履歴はただ、事実として並んでいる。私はその表示を見て、少し安心した。事実は、感情よりも扱いやすい。


道徳論を語りたい衝動は、まだ残っている。だが、それは衝動のまま出すものではない。適切な場と、適切な相手と、適切な文脈が必要だ。私はそれを、ずっと守ってきた。だから今も、守っているだけだ。


彼女に送るメッセージを開き、何も書かずに閉じた。書かないという選択も、態度の一つだ。私はそう信じている。その信念が正しいかどうかは、まだ判断していない。

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