第3話 彼女との衝突
彼女は通話の途中で、急に黙った。さっきまで普通に話していたのに、何かを思い出したみたいに。私はその沈黙を、回線の問題だと思うことにしたが、彼女の呼吸音は聞こえていた。
「ねえ」
彼女は低い声でそう言った。
「最近、AIの話しないよね」
私は一瞬考えて、「そうだっけ」と返した。その返事が、もう遅かった。
「そうだよ」
彼女の声が少し早くなる。
「前はさ、もっと普通に話してたじゃん。なのに、急に避けるみたいになるの、何?」
避けているつもりはなかった。ただ、話すと揉めるから黙っていただけだった。
「私が嫌なんでしょ」
彼女はそう言った。質問の形だったが、答えを求めている感じではなかった。私は「そんなことない」と言った。その瞬間、通話の空気が変わった。
「じゃあさ、なんで言わないの」
彼女の声が上がる。
「使ってるんでしょ。どうせ。楽して、早くて、私が何時間もかけてるのを、ボタン一個で済ませて」
私は否定しようとしたが、否定の言葉が追いつかなかった。
「描く時間ってさ」
彼女は息を吸い、吐いた。
「削れるもんじゃないんだよ。生活削って、体削って、それでも足りなくて」
私はその話を、前にも聞いた気がした。聞いた気がしただけで、ちゃんと聞いていたかどうかは分からない。
「それをさ、効率とか言われると」
彼女の声が震え始める。
「私のやってきたこと全部、無駄だったって言われてるみたいで」
私は無駄だと思ったことはなかった。ただ、価値の測り方が違うだけだと思っていた。
「ねえ、言って」
彼女はそう言った。
「私の絵、AIで代わりになるって思ってる?」。
私は答えなかった。答えなかったことで、彼女の呼吸が荒くなった。
「ほら」。
彼女は笑ったような声を出した。
「そうやって黙るのが、一番残酷」
私は残酷だとは思わなかった。ただ、言葉を選ぶ時間が足りなかった。
「どうせさ」
彼女は続けた。
「私が何言っても、正しさとか理屈で考えるんでしょ。私が感情的だって、心の中で思ってるんでしょ」
私は思っていない、と言おうとしたが、その言葉が本当かどうか分からなかった。
「もういい」
彼女はそう言ったが、通話は切らなかった。
「どうせ、私がうるさいだけだから」
私は「そんなことない」と言った。それは、いつも使う言葉だった。
「その言い方」
彼女の声が一段低くなる
「慰めてるつもり? それとも、早く終わらせたい?」
私はどちらでもないと思ったが、どちらでもないという選択肢は、ここにはなかった。
通話の向こうで、何かが落ちる音がした。机の上の物か、ペンか、分からない。
「最悪」
彼女は小さく言った。
「私、ほんと最悪」。
私は画面を見たまま、何も言わなかった。言えば悪くなり、言わなくても悪くなる状況は、昔から知っている。彼女の泣き声は聞こえなかったが、呼吸が乱れているのは分かった。
「もう切る」
彼女はそう言った。
「頭おかしくなる前に」
私は「分かった」と言った。それ以外の言葉は、思いつかなかった。
通話が切れたあと、画面が黒くなった。部屋が少しだけ明るくなった。私はスマートフォンを伏せ、さっきまで聞こえていた彼女の呼吸を、思い出そうとしたが、うまく思い出せなかった。
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