第2話 通話先の彼女
彼女と付き合い始めたのは、季節がはっきりしない頃だった。寒いとも暑いとも言えず、上着を着るかどうかで少し迷う時期だ。私はその感じが嫌いではない。決断を先送りにしているようで、実際には何も決めていないからだ。
最初は通話ではなかった。テキストが中心で、返事の間隔もまちまちだった。彼女の文章は短く、感情がどこにあるのか分かりづらかった。それが心地よかった。分からないことは、まだ期待されていないということでもある。
彼女がイラストレーターだと知ったのは、付き合う少し前だったと思う。仕事の話はあまりしなかった。私は配信の話を避け、彼女は制作の愚痴を控えていた。お互いに、相手の現実を不用意に踏み荒らさないようにしていたのだと思う。
「彼女ができた」と言えるほどの出来事はなかった。いつの間にか、そういう前提で話すようになっただけだ。確認の言葉も、区切りの会話もなかった。私はそれを大人っぽい関係だと思ったし、彼女も否定しなかった。
大学時代の話を彼女にしたことは、ほとんどない。就職に失敗したことも、配信を始めた理由も、まだきちんと説明していない。説明すると、関係が重くなる気がした。関係が重くなると、今ある距離が測定可能になってしまう。
通話をするようになったのは、最近だ。彼女が「文字だと誤解される」と言ったからだ。私は誤解されるほどのことを言っていないと思ったが、そのまま受け入れた。声が加わると、沈黙の質が変わる。沈黙が、時間を使っている感じになる。
彼女は「前の人とは、もう無理だった」と言った。詳しい話はしなかった。私は「そうなんだ」とだけ返した。過去の話は、量を間違えると今を圧迫する。私はそれを、経験として知っている。
付き合い始めてから、会う話題は何度か出ている。いつも途中で終わる。終わるというより、別の話題に移る。移った先で、彼女は少し機嫌を悪くする。私はそれを、距離の摩擦だと考えている。
彼女は私の部屋を知らない。私は彼女の部屋も知らない。画面の向こうには、常に同じ角度の壁と机がある。それだけで、生活の大部分が共有されている気になるのは、不思議なことだ。
関係が始まったばかりだという実感は、たまにある。彼女の言葉に、まだ慣れていないと感じる瞬間だ。慣れていないのに、すでに疲れている感じもする。その両方が同時にある。
最近の関係は、過去を修正しない。大学時代の失敗も、配信での停滞も、そのまま残っている。ただ、その上に彼女との時間が重なっただけだ。重なったことで、以前からあった段差が少しだけ目立つようになった。
彼女は今も、画面の向こうにいる。付き合い始めたのは最近だが、距離は最初から変わっていない。近づいたというより、近づいていないことが、はっきりしただけだった。
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