第4話 実家の味
自宅へと戻って来た茜たちは車から降りて、家へ入った。そこでは、畳の上に新聞紙を敷いて、床に直接座りながら一人で黙々と野菜の袋詰めをしているお母さんの姿があった。
「あら、おかえりなさい。挨拶できたの?」
「うん、行ってきたよ。おじさんもおばさんも元気そうだった。」
「そう。会えてよかったわねぇ。ほら、ゆっくりしてなさい。疲れてるんでしょ?あと少し、袋詰めしたら、ご飯準備しちゃうから。」
「今日のご飯は何?なんでもいいけど~。久しぶりにお母さんのご飯が食べれるから嬉しい。」
「フフフ、ひみつ~。」
ゆったりと流れる時間と母の袋詰めのテンポの良さに茜は心地よくなってきた。少し横になって休むつもりがそのまま寝入ってしまった。
「茜ちゃん、そろそろ起きなさい。」
茜が目を覚ますと、夕飯のいい香りがしていた。家の外は真っ暗で、明かりもない。本当に実家に帰って来たんだと改めて感じた。月と星がよく見えて、遠くに県道の街灯がほんの少し見える程度だった。そして、周りに田んぼがあるため、そこに住んでいる蛙たちの合唱が始まっていた。都会では聞き馴染みのない蛙の合唱に少し懐かしさはあったが、あまりにもその鳴き声がうるさかった。窓を閉めてしまえば、ある程度は聞こえなくなるが、完全に聞こえないとまではいかなかった。
横になっていた茜の体の上に薄いタオルケットが掛けられていた。たぶん、お母さんが掛けてくれたのだろう。疲れている茜を気遣い、風邪をひかないようにしてくれたのだと思う。
台所に行くと、お母さんは夕飯の仕上げをしていた。今日の夕飯はすき焼きだった。野菜は収獲した野菜を使う。ちょっと傷んで、市場には出せないものとかがほとんどで、味は変わらないから、茜は特に気にしてもいなかった。実家でしか味わえない、野菜の見た目で懐かしく思うのは農家の家庭ならではなのかなと少し、笑ってしまった。
「ニヤニヤしてどうしたの?」
「なんでもないよ~。」
夕飯の準備が出来て、お父さんを呼びに行ったのだけど、家の中にはいなかった。その時、お父さんが玄関から入ってきた。少し、服も薄汚れている感じで、黒いシミも出来ていた。
「おっ!ご飯か?今行くから待っててな。ちょっとだけ着替えさせてくれ!」
「どこ行ってたの?ご飯冷めちゃうよ。」
お父さんが着替えを済まして、全員そろった。テーブルの上にはすき焼きとすき焼き用の卵が器に入っていた。あとはサラダと漬物が並んでいた。3人で食べ進めていく中で、茜は久しぶりの家族との食事がとても嬉しかった。都会にいた時は1人で自炊して、それは寂しい食事だった。会社の同僚とたまにはご飯に行くことはあったにしろ、ほとんどは1人で食べることが多かったから、すき焼きを囲んで、笑って、食べているだけで幸せだった。テレビを見ながら、みんなで笑って、同じところで笑うところなんて、家族だなぁって、感じて、思い出に浸っていた。
ご飯も食べ終わり、片付けを手伝おうとしたとき、お父さんが茜を呼んだ。
「ちょっと、茜いいか?見てほしいのがあるんだ。」
「なに?急にどうしたの?」
茜は不思議そうにお父さんの後ろをついていった。玄関を抜け、横のガレージへと歩いていった。ガレージの電気をつけると、軽トラがあった。お父さんは軽トラの後ろにある物に手を掛け、カバーを取った。そこには、スクーターがあった。それも125ccのスクーターだった。
「茜、これはお前が赤ん坊の時に俺が愛用してたスクーターで、ここに住むなら足が無いと困るだろ?このスクーターお前にやるよ。」
「え!?いいの?嬉しい!これで、一人で動けるね。ありがとう。これ、動くの?」
「ハハハ、どうだろうな。俺も今久しぶりに触ったからな。」
そういうと、お父さんはキーを鍵穴に挿して回し、エンジンをかけてみた。
———カチッ・・・・ブォンブォンブォンブォン・・プスプス・・・・———
エンジンはかからなかった。何度も繰り返して、キーを回してみたが、かからなかった。
「ハハハ、やっぱダメか。明日、バイク屋に行ってみるか。修理してもらおう。」
「お父さん、ありがとう。」
「茜も一緒に行こうな。ヘルメットも選ばないと。」
思わぬサプライズだったが、茜は心底嬉しかった。このバイクで動けることはこの地域で住んでいる以上行動の幅が広がるから、乗り物があるとないとでは行動範囲に差が生まれる。歩きだけでは、どこにも行けないのが現状である。
多少埃は被っているものの、125ccのバイクを大事に乗ってきたのがわかるぐらい傷は少なかった。
明日の予定も決まり、茜はゆったりと実家暮らしを満喫した。
お風呂にも入り、のんびりと蛙の合唱を聞きながら、幸せな時間を過ごした。
都会で住んでいた時の荷物は明日届く予定。今日は、実家の時に使っていた部屋着で寝ることにする。お風呂から上がった時には、実家に住んでいた時の自分の部屋に布団が敷かれていた。昔と変わらない壁の傷を見ながら、寝る準備をする。
「おやすみー。寝るねー。」
「はい、おやすみ。」
「おやすみ。」
茜は部屋に戻って、布団に入った。夜の蛙の鳴き声はうるさいはずなのに落ち着く音に変わっていた。
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