第3話 隣家との距離

車を走らせること50分。実家の平屋の屋根が見えてきた。昔ながらの木造の家で屋根は黒っぽい瓦が使われている。壁には何度も塗り替えたであろう漆喰が目を引く。色むらもあり、歴史を感じる。そして、山と森に囲まれたこの家の隣家は遠くに見える一軒のみだった。

 父親の運転する軽トラが家の前に止まり、茜は助手席から降りた。


「茜ちゃん、待っていたわよ。さぁさぁ、中に入って。大変だったでしょ?」

「ありがとう。」


 母は茜の荷物を持ち、家の中へと案内した。玄関は高い段差があり、その手前に踏み台がある。段差を軽減しているようだ。玄関で靴を脱ぎ、中へ入るといくつもの部屋が数珠つなぎ状に繋がっていた。居間まで行くと畳の上にカーペットが敷いてあって、その上にテーブルと椅子が並んで配置されていた。茜は懐かしさを感じていた。わりと家の中は洋風でソファもある。昔から変わらないスタンスになんだかホッと安心した。茜はいつもの席に座り、母の出してくれた温かいお茶を一口飲んだ。


「茜ちゃん、会社の方は大丈夫だったの?」

「うん、もう引き継ぎもちゃんとやったし、大丈夫なはず。上司には引き留められたけど、事情を話したら、わかってくれたみたい。」

「これからはずっといるのよね?」

「まぁね、居ると思う。」


 母と面と向かって会話するのも久しぶりで、なんだか照れ臭かった。


「実はさ、こっちに帰ってきたのはやりたいことがあって。」

「やりたいことって?」

「私、地域の人の役に立ちたくて、移動販売をしようと思ってる。コンビニみたいに品揃えが良くて、何でもそろうようなお店。遠いお店に行けない老人や足の悪い人を助けてあげたいんだよね。それにおじいちゃんが亡くなる前にさ、訪問看護の方が来てくれてたじゃん。その時のおじいちゃんの笑ってる顔が忘れられなくて。人と話すのって大事なんだなぁってその時思ったんだ。だから、私も住人の皆さんの笑顔の素になりたいなぁって。」

「それ、本当に、大丈夫なの?実際にやるのって大変じゃない。茜ちゃんの気持ちは嬉しいし、地域の方も喜ぶとは思うけど、でも、中には新しい事を拒む人もいるから、全員が賛成というわけにはいかないと思うの、、。」

「そうだぞ!茜は農作業を手伝ってもらえば、それでいい!わざわざ嫌な思いしないでもいいんだ!」

「でも、、、。」


 軽トラを駐車した父が家に入ってきて、会話に割り込んだ。真面目で頑固な父はこうなったら、なかなか話しが進まない。ひとまずは、別の話題で話をそらして、タイミングを見ることにした。雑談をする中、急に父が話しを始めた。


「茜、さっきの話しだが、地域の人との交流はすごく大事だ。小さい町だからこそ、横のつながりが大切なのはわかるな?急にお店を始めるよりも、まずは地域の人たちの話しを聞いたり、交流を深めたらどうだ?勿論、農作業の手伝いもしてもらうぞ。」


 父は照れながら、話しをしていた。一方的に反対してしまって、反省していたのかもしれない。少し咳払いしながら、照れていることを隠しているようだ。

 茜は、まずは住人との交流をしようと動き出そうとした。しかし、隣家もかなり離れている。歩きでは到底無理だった。そんな時に父から提案があった。


「挨拶がてら、近隣に声かけて回るか。車で行くぞ!」


 父が颯爽と玄関に向かった。父の言う車は軽トラの事だ。昔から変わらない。父の後姿を見ながら父の癖や仕草に懐かしくなっていた。

 まずは、隣の家に伺うことにした。隣といっても、車で15分はかかる。田んぼや畑で見晴らしはかなりいい!隣家は見えているのになかなか到着しない。たまに見かける野焼きのモクモクの煙と焼いている時の香りがたまに鼻から入ってくる。

助手席から空を眺めると、かなり広く感じた。包み込まれていくような、この軽トラで空まで走っているような感覚にさえなった。


「そろそろ着くぞー。渡辺さんちだ。」

「距離あるねぇ。隣でこれだもん。他はまだ遠いってことでしょ?」

「あぁ、そうだな。たまに、2、3軒まとまってるところもあるけどな。」

「何年ぶりだろう。実家にいた時もそんなに頻繁に顔合わせてなかったしね。」

「さぁな。今は息子さんたちも出て行って、夫婦2人で住んでる感じかな。」


———ピンポーン———

 呼び鈴は静かに音を奏でた。田んぼに囲まれて音も反響しない。家の中から少し慌てている様子の足音が聞こえてくる。ガラス戸にうっすらと映る人影が見えた。


「はーい。どちらさまぁ?」

「駒田です。娘が帰ってきたので挨拶だけでもと思いまして!」


 家の中から出てきたのはちょっとふっくらとした女の人だった。茜の母親よりは少し年齢が高そうな雰囲気だった。


「あらぁ、茜ちゃん!?大人になってぇ。何年ぶりかしら。最後に会ったの、確か高校生の時だったかしら。よく覚えてるわぁ。綺麗になっちゃってぇ。」

「お久しぶりです。今日からまた実家で暮らすことになったので、ご挨拶だけでもと思いまして。」

「ちょっと待ってね、、お父ちゃん!お父ちゃん!駒田さんちの茜ちゃんが来てるわよ。」

「はいはい、おっ!久しぶりだのぅ。元気だったかのぅ?」


 出てきたのは年配のおじさんだった。子供の頃から、この渡辺家の子供たちと遊んでた茜はよくおじさんとも遊んでもらっていた。子供好きで面倒見がよくて、いつも気にかけてくれていた。


「元気です。おじさんもおばさんもお体は大丈夫ですか?」

「ちょっと膝が痛いぐらいで、あとはなんとも。年には敵わんよ。」

「ハハハ、元気そうでよかった。これからもお願いします。」

「あ、ちょっと待ってね。」


 おばさんが、急に家の中に入っていったと思ったら、何かを手に握りしめていた。


「ほら、これ持って帰って、こんなのしかないんだけどごめんねぇ。」


 おばさんが差し出してきたのは小さい個包装のお菓子だった。チョコやあられ、飴、様々なお菓子が手の平いっぱいに入っていた。この瞬間、茜は思い出した。子供の頃におばさんに会うといつもお菓子をくれていたこと。変わっていなくて、茜は安心した。


「おばさん、ありがとう!また来るね。」


 そういうと、茜と父は渡辺家を去り軽トラへ乗り込んだ。


「茜、どうする?まだ行ってみるか?」

「ううん、今日はやめとくよ。明日から徐々に会いに行きたい。時間ならいっぱいあるし。」

「そうだな、じゃあ、今日は帰るか。」


 2人で話しをしながら、15分かけて自宅へと帰っていった。

 父はこの時に思った。交流のために必要なものを買ってやろうと。文字通り足になるものを。

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