第004話:人は見た目が10割

「出来たぞ!」


博士は思わず興奮気味に叫んだ。長年の研究の成果が実り、ついに発明品が完成したのだ。

発明品とは、人の内面を見た目に反映させる装置であった。人の心の中にある、他人を思う気持ちや優しさといった感情を読み取ると、顔面の筋肉に作用し、その人の顔を美しく変化させる。反対に、人の不幸を喜んだり、嫉妬や攻撃的な精神状態、それにより生じる罪悪感は、その形状を醜いものへと変えていく。そんな装置が、腕にはめるだけで簡単に動作するのだ。


「この装置で、人々は皆善人になり、この世は地上の楽園となるんだ!」


「いやぁ、素晴らしい」


見知らぬ男が突然現れた。全身真っ黒な格好で、いかにも怪しい。この国の人間ではないようだ。狼狽する博士に対して、男は余裕たっぷりに話し始めた。


「驚かせてしまって申し訳ない。私はA国から派遣された者です。我が国は以前から、博士の研究に注目していました」


「A国といえば、大統領がその人気から法律を変えて再選し続けている、事実上の独裁国家じゃないか。そんな国に用はない!」


博士はあくまで取り合わないように努めたが、A国の男は話し続ける。


「我が国ならば、あなたの研究にお好きなだけ予算をつけますよ。それに、国民に広くあなたの装置を行き渡らせることも可能だ。この国では、そんなこと許されないでしょう。予算だって雀の涙ほどだ」


痛いところを突かれた、と博士は思う。実際、博士の実験が自分の国では、倫理観に照らし合わせて広く受け入れられるとは考えづらかった。

結局、博士は話に乗ることにした。


「わかった。ただ一つ条件がある。君も装置をつけるんだ」


***


A国では、はじめ装置はおもちゃとして売り出された。たちまち若者の間で、特に女の子の間で流行り始めた。美人を鼻にかけて他人を見下していた女子が、自信満々で装置をつけると突然醜い姿に変わった。そんな彼女を忌々しく思っていた女子たちは内心ニンマリとした。しかし、その女子たちも同様に醜い姿に変わり、地味で存在感の薄かった女子が絶世の美女に変わるという現象が多発した。女をとっかえひっかえにしていた男も、たちどころに醜い姿になり、誰からも相手にされなくなった。


タレントが使い始めると、その人気は爆発的なものになった。事務所側は、問題のあるタレントには絶対に装置をつけるなと徹底させた。しかし、装置を付けないことは性格が悪いことを宣言するようなものだった。そこで、偽の装置が出回った。顔の良いが性格に難のあるタレントたちは、それを取り付けて自分の性格の良さをアピールした。だが、ホンモノの装置には新たに通信能力が追加された。性格の良さを数値化し、読み取ることが出来るようになったのだ。偽の装置を使っていたタレントたちは、メディアから姿を消すこととなった。


ブームが進むにつれて、いじめが助長されるのではないかと危惧する声も上がった。だが、そんなことをすると自らの醜さを誇示することになるため、誰もが内面を磨く方向に進んだ。しかし、問題がないわけではなかった。次第に、装置をつけない人間が白い目で見られるようになってきたのである。初めはタレントだけの現象だったはずが、すぐに一般人にも波及したのだ。あいつは後ろめたいことがあるからつけないのではないか。装置をつけないということは、すなわち性格が悪いのではないか。そんな疑心暗鬼により、装置の売り上げはますます広がっていった。


ある若い政治家が装置を腕につけ、自身の内面の美しさを売りに選挙活動を始めた。焦ったベテラン政治家は、すぐに政治家の装置の取り付けを禁じるように動いたが、若い政治家がトップ当選を果たしたことで、ひそかに装置をつけて選挙活動を行う政治家が増えてきてしまった。

結局、政治家グループ内でも内面を美しくするセミナーを開き、なんとか装置をつけても醜くならないよう必死に努力する羽目になった。むろん、そう簡単に内面など変わるはずもなく、政治家たちは本来であれば、直ちに装置を発売禁止に追いやっていただろう。だが、今回装置を広めようと暗躍しているのは、相当上の方らしいという情報をつかみ、泣く泣く引退する政治家も現れた。


正義を標榜していたニュースメディアも、コメンテーターやキャスターが次々と装置をつけては醜い姿となり、装置を取り付けることを一切拒否し、視聴者の不信感を募らせるばかりであった。宗教団体は、末端の美しい顔をしている者が多かったが、立場の上の者ほど醜い顔をしていたため、信者はどんどん離れていった。


『装置をつけていない者は信用するな』


いつしか、そんな世論が出来上がってきた。


世の中の治安は良くなり、犯罪件数も減少の一途を辿った。刑務所も、犯罪者が更生したかは装置を取り付ければ一目瞭然なので、懲役は事実上無効化され、美しくなるまで刑務所から出られなくなった。


そんな中、A国の大統領がメディアに登場した。もともとカリスマ性が強く、国民から圧倒的な支持を受けていた大統領であったが、テレビを通して国民の前で装置を取り付けた。すると、本来の姿とほとんど変わらぬ美しい姿でいたのだ。大統領だけではない。その側近や大臣たちも皆、美しい姿であった。これにより、大統領の支持はより熱狂的なものとなった。もともと見た目が優れた人間は、人々から崇拝されやすい。そこに内面の保証がされたのだから、容姿の優れた人間への人気の集中は、歯止めがかけられなくなっていった。


次々と集まるデータを前に、博士は動揺していた。

自分は、あまりに研究に没頭し過ぎて、人間をわかっていなかったのではないか。

例えば、殺人事件の未検挙数は下げ止まり状態だった。もちろん、殺人事件などがゼロになるとは思っていなかった。だが、犯人はその容貌を見れば、すぐに検挙できるはずだと考えていた。過労死や自殺といったネガティブな情報も、相変わらず一定数入ってきた。


いったい、どういうことなのか。

改めて人間の心理を学び直そう。だが、A国に人間の心理に関する資料は極端に少なかった。


「そうか……いや、まさか……」


少ない資料に僅かに書かれていた概念が気になった。そして、ある結論に達した。これはいかん。急いで装置を改良しなくては。

人々が皆、善人になることは良いことだ。良いことであるはずだった。誰もが心が綺麗で、それを疑う必要のない世界。それは素晴らしい世界だ。だが、もしその中に、まったく違う人間が潜んでいたら。みずからを善人だと信じて疑わない人間が……だとしたら、それは――


「改良の必要はありませんよ」


気が付くと、A国の男が立っていた。博士をA国に連れてきた男だ。腕には装置を取り付け、美しい姿をしていた。右手には、拳銃が握られていた。


「まったく、我々の美しい完璧な国に、ケチをつけないでくださいよ」


罪悪感のまったくない人間は、善人だけではない。善悪をそもそも理解しない者は、一定数存在する。

サイコパス――。


次の瞬間、銃声が響いた。


博士は、ゆっくりと倒れた。消えゆく意識の中で、博士は思う。

ああ、なんてことだ。この国の大統領や上層部は、サイコパスだったんだ。他にも、経営者や殺人鬼の中にも、サイコパスが潜んでいる。奴らは、その美しい容貌で、疑いを知らぬ人間を洗脳し、利用して搾取して、必要なら殺すことも厭わない。

私は、地上の楽園を作ろうとして、結局サイコパスの楽園を作ってしまったのか。


博士は絶命した。

罪悪感と絶望感にまみれて息絶えたその姿は、酷く醜かった。


博士は装置を付けてはいなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100-1物語 :一話完結・ショートショート連作 志操友博 @tomo_shiso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ