第11話 挑発

 それからしばらく、屋敷には平穏な日々が流れていた。


 エドワードは変わらず、わたしを最優先に考えてくれている。そのおかげか、胸のざわめきも、いつしか落ち着きを取り戻していた。


 気がつけば四月――キャロラインが屋敷にやって来てから、ひと月が経とうとしている。


 いつものように執務室で書類と格闘していると、ノックの音が響いた。


「奥様、よろしいでしょうか」


 メリーの声だった。


「入って」


 そう言うと、メリーが一通の手紙を手に現れた。


「奥様、キャロライン様から贈り物が届きました。先ほど、老舗靴屋〈フルール・ド・ピエ〉の従業員が届けに参りましたので、私室に運ばせております」


 ———手紙にはこう記されていた。


 ”シャーロット様わたくしがこちらに参りましてから、はや一か月が経ちました。当時、不慣れな私にたくさんのドレスを贈ってくださったこと、心より感謝しております。つきましては、ささやかではございますが、わたくしからも贈り物をお届けいたします。気に入っていただければ幸いです”


「いったいどういう風の吹きまわしかしら?」


 思わず呟き、手紙をメリーに見せた。


「相変わらず侯爵様には相手にされていないようですし、いろいろと思うところがあるのかもしれませんね」


 メリーはすばやく読み終えると、肩をすくめて答えた。


「たしかに、このところ大人しいわよね。改心でもしたのかしら……?」


 二人で顔を見合わせ、三階の私室へと足を運ぶ。そして扉を開け、贈り物を見た瞬間、二人の表情が凍り付いた。


 ――そこに並んでいたのは、シャーロットの神経を逆なでする代物だった。


 キャロラインからの贈り物は、華やかなパーティ用の靴が七足。


 さすが老舗〈フルール・ド・ピエ〉の品だけあって、どれもため息が出るほど美しく仕立てられていた。


 ———問題は、そのヒールの高さである。


 シャーロットは女性の中では背が高く、加えて夫エドワードは男性にしては小柄な体格だった。そのため、二人に身長差はあまりない。


 もし彼女がこの靴を履けば、あっけなくエドワードの背を追い抜いてしまうだろう。


 小柄なキャロラインならば何の問題もない。むしろ高いヒールは彼女を一層美しく引き立てるはずだ。だがシャーロットにとっては違う。


 世紀のウェディングと称された結婚式の折でさえ、シャーロットはあえてかかとの低い靴を選んだ。


 彼女は幼いころから身長のことで人知れず悩み続けてきた———その苦い記憶が、今また胸の奥で疼き始める。


 同年代の令嬢たちと並ぶと、シャーロットだけ頭が抜きん出ていた。


 可憐さや華奢さを褒められる友人たちを、どれほど羨ましく思ったことか。


 ゆえに、シャーロットの靴棚にはかかとの高い靴など一足もない。


 舞踏会に華を添えるはずのハイヒールも、彼女にとっては劣等感を呼び覚ます忌まわしい象徴でしかなかった。


「……あの女は本当に、わたしの神経を逆なでするのが上手ね」


 シャーロットは唇を噛みしめた。低俗なキャロラインが、純粋な気持ちで贈り物をするはずがない。


「奥様、ここにある靴はどれも、あの女が履いているものよりもずっとヒールが高いです!」


 憤慨するメリーの声が部屋に響く。


 キャロラインはきっと、こう言いたいのだろう。


 ———”わたしのほうこそ、エドワードにふさわしい”と。

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