第21話「文化祭準備はカオスの予感」

 数日後のホームルーム。

 城崎先生が教室に入ってきた瞬間、その表情が普段と違うことに、クラス全員が気づいた。

 いつもの軽い調子はなく、深刻そうな顔をしている。

 眼鏡の奥の目が、少し泳いでいた。

「えー、みんな、ちょっと聞いて」

 城崎先生は教壇に立って、クラスを見渡した。

「すまん。先生、やらかした」

 その言葉に、クラス中がざわついた。

「何やらかしたんですか?」

 誰かが聞いた。

「文化祭の出し物決め……忘れてた」

 城崎先生は申し訳なさそうに言った。

「ちなみに、昨日までだった」

「え……」

 クラス全員が呆然とした。

「普通に怒られた。教頭に」

 城崎先生は肩を落とした。

「だから、今すぐ決めてくれ。マジで」

 その言葉に、クラス中が騒然となった。

「今すぐって……」

「無茶だろ」

「でも、決めないと怒られるのは先生だけじゃなくて、俺たちもだぞ」

 クラスメイトたちが、次々と意見を言い始めた。

 城崎先生は、疲れた顔で椅子に座った。

「とにかく、何でもいいから決めてくれ。頼む」


 クラス全員で、出し物について話し合うことになった。

 色々な意見が飛び交った。

「屋台とかどう?」

「いいね。焼きそばとか売ろうぜ」

「でも、屋台って他のクラスもやるんじゃない?」

「確かに。もっと目立つやつがいいかも」

「じゃあ、お化け屋敷は?」

「おお、いいね。怖いやつ」

「でも、準備大変そう」

「縁日はどう?」

「縁日?」

「そう。射的とか、輪投げとか、金魚すくいとか」

「それいいね!」

 縁日という案に、クラスの空気が一気に盛り上がった。

「縁日、楽しそう」

「準備もそこまで大変じゃなさそうだし」

「よし、縁日で決まりか?」

 クラスメイトたちが次々と賛成の声を上げた。

 城崎先生は、ホッとした顔で立ち上がった。

「じゃあ、縁日で決定ね。ありがとう、みんな」

「先生、ちゃんとしてくださいよ」

「ごめん、本当にごめん」

 城崎先生は頭を下げた。

「じゃあ、次は文化祭実行委員を決めないと」

「実行委員?」

「そう。クラスの代表として、準備を取りまとめる人」

 城崎先生は黒板に「文化祭実行委員募集」と書いた。

「誰か、やりたい人いる?」

 教室が静まり返った。

 誰も手を挙げない。

 実行委員は、責任が重い。

 準備を取りまとめたり、他のクラスとの調整をしたり、色々な仕事がある。

 だから、誰もやりたがらなかった。

 その時——。

「はい」

 一人の女子が手を挙げた。

 鬼灯ハルだった。

「鬼灯さん?」

 城崎先生が驚いた顔をした。

「やってくれるの?」

「はい。面白そうだから」

 ハルは淡々と答えた。

「人間観察ができそう」

「……まあ、理由はともかく、ありがとう」

 城崎先生は少し複雑な顔をした。

「他に誰かいる?実行委員は二人必要なんだけど」

 またも、教室が静まり返った。

 その時——。

「俺、やるわ」

 涼真が手を挙げた。

「九条?」

 城崎先生がまた驚いた顔をした。

「お前が?珍しいね」

「なんか面白そうだったから」

 涼真は笑いながら答えた。

「特に——」

 涼真は、俺の方を向いた。

「遼輔」

 そして、謎にニヤニヤし始めた。

「……何だよ」

 俺は嫌な予感がした。

「いや、何でもない」

 涼真はますますニヤニヤしている。

「じゃあ、決定ね。鬼灯さんと九条が実行委員」

 城崎先生は黒板に二人の名前を書いた。

「よろしくね、二人とも」

「はい」

 ハルは淡々と答えた。

 涼真は、まだニヤニヤしていた。

 城崎先生は、二人を見て、少し不安そうな顔をした。

 (こいつらで、大丈夫か?)

 心の中でそう思いながら、城崎先生は教室を後にした。


 昼休み前。

 城崎先生は職員室で、またも頭を抱えていた。

 机の上には、文化祭準備の担当分けの表が広げられていた。

「はあ……」

 深いため息をつく。

 文化祭の準備には、色々な担当がある。

 装飾担当、景品担当、ゲーム担当、会計担当——。

 それぞれに、生徒を割り振らなければならない。

 でも、問題があった。

 三崎遼輔、東雲澪、九条涼真、小鳥遊結衣。

 この四人を、どう配置するか。

 この四人を同じ担当にしたら、絶対にトラブルが起こる。

 城崎先生には、それが分かっていた。

 三崎と東雲は、明らかに意識し合っている。

 二人を一緒にしたら、周りが気を遣う。

 九条と小鳥遊は、会えば喧嘩する。

 二人を一緒にしたら、仕事が進まない。

 だから——。

「バラバラにするしかない」

 城崎先生は、表に四人の名前を書き込んでいった。

 三崎遼輔——装飾担当。

 東雲澪——景品担当。

 九条涼真——ゲーム担当。

 小鳥遊結衣——会計担当。

 完璧に、バラバラだ。

「これで、トラブルは避けられる……はず」

 城崎先生は、満足そうに頷いた。

 でも、疲労は隠せなかった。

 昨日、教頭に怒られたこと。

 今朝、慌てて出し物を決めたこと。

 そして今、担当分けで悩んでいること。

 全部が重なって、城崎先生はクタクタだった。

「はあ……彼氏が欲しい」

 城崎先生は、つい本音を漏らした。

「こんな時、支えてくれる人がいれば……」

 でも、現実は厳しい。

 城崎先生に彼氏はいない。

 それどころか、最近は合コンも上手くいっていない。

「……仕事、頑張ろう」

 城崎先生は、気を取り直して担当表を完成させた。


 昼休み。

 城崎先生は、涼真とハルを職員室に呼び出した。

「二人とも、来てくれてありがとう」

「何ですか、先生」

 涼真が聞いた。

「担当分けの確認をしたくて」

 城崎先生は、担当表を二人に見せた。

「これが、各担当の振り分けね」

 涼真とハルは、表を見た。

 そして、同時に気づいた。

 三崎遼輔、東雲澪、九条涼真、小鳥遊結衣——。

 四人が、完全にバラバラになっている。

「先生、これ……」

 涼真が言いかけた時、職員室の電話が鳴った。

「あ、ちょっと待ってて」

 城崎先生は電話に出た。

「はい、城崎です……え?今ですか?分かりました、すぐ行きます」

 城崎先生は電話を切って、二人に向き直った。

「ごめん、ちょっと教頭に呼ばれた。すぐ戻るから、ここで待ってて」

「はい」

 二人は頷いた。

 城崎先生は、慌てて職員室を出て行った。

 残された涼真とハルは、担当表を見つめた。

 しばらく沈黙が続いた。

 そして——。

「これ、変えない?」

 涼真が口を開いた。

「変える?」

 ハルが淡々と聞き返した。

「ああ。遼輔と東雲さん、それに小鳥遊、全員バラバラじゃん」

「それが?」

「面白くない」

 涼真はニヤリと笑った。

「全員同じ担当にした方が、絶対面白い」

「……予言できる」

 ハルが言った。

「こうした方が、絶対面白いって」

「だろ?」

 涼真は満足そうに頷いた。

「やっぱり、こうじゃなきゃ面白くない」

 二人は顔を見合わせた。

 そして——無言で頷き合った。

 涼真は、担当表を手に取った。

 そして、修正ペンで名前を消し始めた。

「九条、本当にいいの?」

「いいんだよ。どうせ先生、確認しないだろうし」

「そうかもね」

 ハルは淡々と同意した。

 涼真は、四人の名前を全て同じ担当に書き直した。

 装飾担当——三崎遼輔、東雲澪、九条涼真、小鳥遊結衣。

「完璧」

 涼真は満足そうに表を眺めた。

「これで、文化祭準備が楽しくなる」

「観察しがいがある」

 ハルも同意した。

 その時、廊下から足音が聞こえてきた。

 城崎先生が戻ってくる音だ。

「やばい、戻す」

 涼真は慌てて表を元の位置に戻した。

 城崎先生が職員室に入ってきた。

「ごめんね、待たせて」

「大丈夫です」

「で、担当表、確認した?」

「はい」

 涼真は何食わぬ顔で答えた。

「問題ありません」

「そう。よかった」

 城崎先生は安堵の表情を浮かべた。

「じゃあ、これで決定ね」

「はい」

 二人は同時に答えた。

 城崎先生は、担当表をファイルに挟んだ。

 確認もせずに。

「じゃあ、二人とも戻っていいわよ。ありがとう」

「失礼します」

 涼真とハルは、職員室を出た。

 廊下に出た瞬間、涼真はニヤリと笑った。

「上手くいったな」

「予言通り」

 ハルは淡々と答えた。

「先生、確認しなかった」

「だろうな。あの先生、疲れてたし」

 二人は教室に戻った。

 城崎先生は、まだ知らない。

 自分が作った担当表が、書き換えられたことを。

 そして、それが大きな騒動を引き起こすことを。


 数日後。

 文化祭準備が本格的に始まる日。

 城崎先生は、朝のホームルームで担当表を発表した。

「じゃあ、各担当を発表するわね」

 城崎先生は、ファイルから担当表を取り出した。

 そして、読み上げ始めた。

「装飾担当——三崎遼輔、東雲澪、九条涼真、小鳥遊結衣……」

 その名前を読み上げた瞬間、城崎先生の動きが止まった。

「……え?」

 もう一度、表を見た。

 間違いない。

 四人の名前が、全員装飾担当に書かれている。

「ちょ、ちょっと待って」

 城崎先生は慌てて表を確認した。

 確かに、自分はバラバラに配置したはずだ。

 でも、表には——。

 四人が、同じ担当に書かれている。

「誰が……」

 城崎先生は、涼真とハルの方を見た。

 二人は、何食わぬ顔をしている。

 でも、涼真の口元が——少しだけ、ニヤリと笑っていた。

「九条……まさか……」

 城崎先生は、全てを悟った。

 あの日、職員室で二人に担当表を見せた時。

 自分が席を外した時。

 その隙に——書き換えられたんだ。

「九条ォォォォ!!!」

 城崎先生の叫び声が、教室中に響いた。

 涼真は、ニヤニヤと笑っている。

「何ですか、先生」

「何ですかじゃない!お前、勝手に担当表書き換えたでしょ!」

「さあ、何のことやら」

 涼真はとぼけた。

 ハルも、淡々とした顔で座っている。

「鬼灯さんも!」

「私は何もしてません」

 ハルは、真顔で答えた。

 でも、その目は——少しだけ、楽しそうだった。

 城崎先生は、頭を抱えた。

「もう……どうしてこうなるの……」

 教室中が、笑いに包まれた。

「先生、ドンマイ」

「ヨーコちゃん、頑張れ」

 クラスメイトたちが、励ましの声をかけた。

 でも、城崎先生の絶望は深かった。

 三崎遼輔と東雲澪が、同じ担当。

 九条涼真と小鳥遊結衣も、同じ担当。

 これは——絶対にトラブルになる。

 城崎先生には、それが分かっていた。

「はあ……」

 深いため息をついて、城崎先生は椅子に座った。

「もう、いいわ。このまま進めるしかない」

「先生、諦めるの早くないですか」

「諦めるしかないでしょ。今更変えられないし」

 城崎先生は、力なく答えた。

「でも、トラブル起こしたら、お前たち許さないからね」

「分かってます」

 涼真は、ニヤニヤしながら答えた。

 城崎先生は、再び頭を抱えた。

 文化祭準備——。

 それは、カオスの予感しかしなかった。


 放課後。

 装飾担当の四人——遼輔、澪、涼真、結衣は、教室に集まった。

「じゃあ、これから装飾の準備を始めるわけだけど」

 涼真が口を開いた。

「お前、勝手に担当変えただろ」

 俺が問い詰めると、涼真はニヤリと笑った。

「まあ、な」

「何でだよ」

「面白そうだったから」

「理由がそれかよ」

 俺は呆れた。

 澪と結衣も、困った顔をしている。

「でも、まあ」

 涼真は肩をすくめた。

「こうやって四人で準備できるのも、悪くないだろ?」

「……まあ、な」

 俺は認めざるを得なかった。

 確かに、四人で準備するのは——悪くない。

 涼真と一緒なら、楽しく進められそうだ。

 澪と一緒なら——。

 俺は澪の方を見た。

 澪は、少し恥ずかしそうに笑っていた。

「じゃあ、頑張ろうね」

「ああ」

 結衣も、渋々ながら同意した。

「まあ、仕方ないわね」

「小鳥遊も、まんざらでもなさそうだな」

 涼真がからかうように言うと、結衣は顔を赤くした。

「別に!ただ、仕方ないから協力するだけよ」

「はいはい」

 涼真は笑った。

 こうして、四人の文化祭準備が始まった。

 それは——予想通り、カオスな日々になりそうだった。

 でも、きっと楽しい。

 そんな予感がした。

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