第7話「外出先でクラスメイトに会うのが何よりもめんどくさい」

 四人で合流してから、さらに一時間ほどショッピングモールを回った。

 最初に向かったのは、ゲームセンターだった。

「おお、新しいクレーンゲームの景品、めっちゃ豪華じゃん」

 涼真が目を輝かせて、クレーンゲームのコーナーに駆け寄った。

「これ、俺が探してたフィギュアだ」

「九条、クレーンゲーム上手いの?」

 小鳥遊が聞くと、涼真は胸を張った。

「まあな。見てろよ」

 涼真は百円玉を入れて、レバーを操作し始めた。

 一回目、二回目は失敗。

 三回目で、ようやくアームがフィギュアの箱を掴んだ。

「よし!」

 涼真のガッツポーズと共に、フィギュアが落ちてきた。

「お、すごいじゃん」

 俺が言うと、涼真は得意げに笑った。

「だろ?俺、こういうの得意なんだよ」

「私もやりたい!」

 小鳥遊が別のクレーンゲームを指差した。

 そこには、今話題のアニメキャラクターのぬいぐるみが並んでいた。

「澪、これ欲しくない?」

「え、でも私、クレーンゲーム苦手だし」

「大丈夫大丈夫。一緒に取ろう」

 小鳥遊は澪を引っ張って、クレーンゲームの前に立った。

 俺と涼真は少し離れた場所から、二人の様子を見守る。

「小鳥遊、意外とノリいいよな」

「ああ。あいつ、行動派だからな」

 小鳥遊と澪は何度かチャレンジして、ようやくぬいぐるみを取ることに成功した。

「やった!澪、取れたよ!」

「ありがとう、結衣!」

 二人は嬉しそうにハイタッチをした。

 その光景を見て、俺は少し微笑んだ。

 澪が楽しそうにしている姿は、見ていて安心する。

「お前もやってみるか?」

 涼真が聞いてきた。

「いや、俺はいいよ」

「つれないな」

「お前が取ったので満足だ」

 そんな会話を交わしながら、四人でゲームセンターを後にした。


 次に向かったのは、三階の本屋だった。

 涼真と小鳥遊が言い争っている間に、俺と澪が先に来ていた場所だ。

「あ、さっき見てた本、まだあるかな」

 澪が店内に入って、棚を探し始めた。

 俺も探していた小説があったので、一緒に店内を見て回る。

「遼輔、これ?」

 澪が一冊の本を手に取って見せてくれた。

「ああ、それだ。ありがとう」

「どういたしまして」

 澪は笑顔でそう言って、また自分の本を探し始めた。

 少し離れた場所では、涼真が漫画コーナーで立ち読みをしている。

 小鳥遊は雑誌コーナーで、ファッション誌を手に取っていた。

「見つけた!」

 澪が嬉しそうに声を上げた。

「これ、ずっと読みたかったんだ」

「何の本?」

「恋愛小説。友達に勧められて」

 澪は本の表紙を見せてくれた。

 タイトルは『隣の席の彼』。どうやら学園恋愛もののようだ。

「面白そうだな」

「でしょ?感想、読み終わったら聞かせるね」

「ああ、楽しみにしてる」

 俺たちはそれぞれ欲しい本を手に取って、レジに向かった。

 涼真も漫画を一冊、小鳥遊も雑誌を購入していた。

「よし、これで買い物は終わりかな」

 涼真がそう言った。

「そうだね。結構色々買ったし」

 小鳥遊も満足そうに頷いた。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

「うん」

 四人で本屋を出て、ショッピングモールの出口に向かった。

 エスカレーターを降りて、一階のエントランスに到着する。

 外はまだ明るかったが、夕方が近づいているのが分かる時間帯だった。

「今日は楽しかったね」

 澪が満足そうに言った。

「ああ、また来ようぜ」

 涼真も同意した。

 そして、俺たちが出口に向かおうとした、その時だった。

「あれ?」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはクラスメイトの女子が立っていた。

 確か、名前は田中。一組の女子で、結構社交的な性格だったはずだ。

「やっぱり!三崎君に東雲さん、それに九条君と小鳥遊さんじゃん」

 田中は嬉しそうに近づいてきた。

「こんなところで会うなんて、奇遇だね」

「あ、ああ……」

 俺は少し気まずい思いで挨拶を返した。

 外出先でクラスメイトに会うのは、正直めんどくさい。

 特に、こうやって四人でいるところを見られると、色々と面倒なことになる。

「四人で来るなんて珍しいね」

 田中は興味津々といった様子で、俺たちを見た。

「特に九条君と小鳥遊さん。二人が一緒にいるところ、あんまり見ないし」

「まあ、たまたまだよ」

 涼真が適当に答えた。

「三崎君と東雲さんはよく見かけるけどね」

 田中はニヤリと笑った。

「二人とも幼馴染だし、いつも一緒だもんね」

「ま、まあな」

 俺は曖昧に答えた。

 隣では、澪が少し恥ずかしそうに俯いていた。

「でも、四人で買い物って……」

 田中は意味深な笑みを浮かべて、続けた。

「もしかして、ダブルデート?」

 その言葉に、俺たちは固まった。

 ダブルデート。

 その単語が、脳内でぐるぐると回る。

「ち、違う!」

 涼真が真っ先に否定した。

「俺たちがカップルなわけないだろ!」

「そうそう!」

 小鳥遊も慌てて否定する。

「私と九条がカップルとか、あり得ないから!」

 俺も否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。

 隣を見ると、澪の顔が真っ赤になっていた。

 完全にフリーズしている。

「違う違う!」

 涼真がさらに大きな声で否定した。

「俺たちがカップルなわけないだろ!?こんな奴となんて!」

 涼真は小鳥遊を指差した。

「カップルなのはあの二人だから!」

 今度は、俺と澪を指差した。

「はぁ!?」

 小鳥遊が激怒した。

「私こそ九条みたいなのと付き合うなんて御免だわ!」

「だったら否定すんなよ!」

「否定してるでしょ!九条の言う通り、あの二人だけカップルだから!」

 小鳥遊も俺と澪を指差した。

「ちょ、待て!」

 俺は慌てて二人を止めようとした。

「俺と澪はカップルじゃない!」

「そうだよ!私たち、ただの幼馴染だし!」

 澪もようやく口を開いた。

 でも、顔は相変わらず真っ赤で、声も震えていた。

「遼輔とは、そういう関係じゃないから!」

「澪の言う通り。俺たち、本当にただの幼馴染なんだ」

 俺も必死に否定した。

 田中は俺たちのやり取りを見て、ニヤニヤと笑っていた。

「はいはい、そういうことにしておくよ」

 明らかに信じていない口調だった。

「でも、四人とも楽しそうで良かったね」

「だから違うって……」

 涼真がまだ抗議しようとしたが、田中は手を振って遮った。

「分かった分かった。じゃあね、また学校で」

 そう言って、田中はさっさと行ってしまった。

 残された俺たちは、しばらく沈黙していた。

「……何だったんだ、今の」

 涼真がぽつりと呟いた。

「完全に誤解されてるよね」

 小鳥遊も肩を落とした。

「新学期早々、学校で絶対に噂になってるよ」

「マジかよ」

 俺は頭を抱えた。

 だから、外出先でクラスメイトに会いたくなかったんだ。

 こういうめんどくさいことになるから。

「遼輔……」

 澪が不安そうに俺を見た。

「大丈夫かな。変な噂、立たないかな」

「まあ、すぐに収まるだろ」

 俺は澪を安心させるように笑った。

 でも、内心ではかなり不安だった。

 田中は社交的で、クラスの中でも情報通として知られている。

 あいつが見たことを黙っているとは思えない。

 月曜日の学校が、今から憂鬱だった。

「とにかく、帰ろうぜ」

 涼真が気を取り直したように言った。

「今日は楽しかったし、最後がアレだったけど、まあ気にすんなよ」

「そうだね」

 小鳥遊も同意した。

「どうせすぐに忘れられるって」

「そうだといいけど……」

 俺は不安を隠しきれなかった。

 四人で駅に向かって歩き始める。

 澪は相変わらず顔を赤くしたまま、俯いて歩いていた。

「澪、大丈夫か?」

「う、うん。ちょっと恥ずかしいだけ」

「まあ、気にすんな」

「でも……」

 澪は小さな声で呟いた。

「遼輔とカップルだって思われるの、ちょっと……」

「ちょっと?」

「……嬉しいような、恥ずかしいような」

 澪の言葉が、俺の胸にチクリと刺さった。

 嬉しいような、恥ずかしいような。

 その言葉の意味を考えようとしたが、すぐに頭を振った。

 深く考えても仕方ない。

 俺と澪は幼馴染だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう自分に言い聞かせた。


 駅に到着して、四人はそれぞれの方向に別れることになった。

「じゃあ、また明日な」

「うん。今日はありがとう、九条君」

 澪が涼真に礼を言った。

「いや、別に。楽しかったし」

 涼真は少し照れくさそうに答えた。

「小鳥遊もな」

「うん。また遊ぼうね」

 小鳥遊も笑顔で答えた。

 俺と涼真は別の方向に向かい、澪と小鳥遊も別の電車に乗った。

 電車の中で、俺は今日一日を振り返っていた。

 涼真と小鳥遊の作戦。

 二人きりになった時間。

 澪と過ごした、何気ない時間。

 そして、最後のクラスメイトとの遭遇。

 色々なことがあった一日だった。

 でも、楽しかった。

 それは間違いない。

 家に着いて、玄関のドアを開ける。

「ただいま」

「おかえりー」

 母親の声が返ってくる。

 リビングに入ると、妹の遼音がソファに座ってテレビを見ていた。

「お帰り、お兄」

「ただいま」

 遼音はこちらを見て、少し驚いたような顔をした。

「何か、楽しそうだね」

「そうか?」

「うん。顔に出てる」

 遼音はクスッと笑った。

「澪さんと一緒だったの?」

「まあ、な」

 俺が答えると、遼音は少しだけ不機嫌そうな顔をした。

「ふーん」

「どうした?」

「別に。お兄が楽しかったなら、それでいいよ」

 遼音はそう言って、またテレビに視線を戻した。

 でも、その横顔は少しだけ寂しそうに見えた。

 俺は遼音の隣に座った。

「なあ、遼音」

「何?」

「今度の休み、お前と買い物行くって約束してただろ」

「……うん」

「ちゃんと覚えてるから。楽しみにしてろよ」

 俺がそう言うと、遼音の顔が少しだけ明るくなった。

「本当?」

「ああ、本当」

「……ありがとう、お兄」

 遼音は小さく笑った。

 その笑顔を見て、俺も自然と笑顔になる。

 今日は澪と楽しい時間を過ごしたけど、妹との約束も大切にしないとな。

 そう思いながら、俺は立ち上がった。

「じゃあ、部屋に戻るわ」

「うん」

 自分の部屋に戻って、ベッドに座る。

 スマホを開くと、澪からメッセージが届いていた。

『今日は楽しかったです。ありがとう、遼輔』

 シンプルなメッセージ。でも、その言葉が温かく感じられた。

『こちらこそ。また遊ぼうな』

 そう返信して、スマホを置いた。

 今日は色々なことがあった。

 涼真と小鳥遊の作戦に振り回されて、クラスメイトに誤解されて。

 でも、それでも楽しい一日だった。

 澪と過ごす時間は、いつも心地いい。

 それは間違いない事実だ。

 でも、それが恋愛感情なのかどうかは、まだ分からない。

 いや、分かりたくないのかもしれない。

 考えるのをやめて、俺は目を閉じた。

 新学期の学校が、少しだけ憂鬱だった。

 田中が何を言いふらすのか、今から不安でしかない。

 でも、それはまた明日考えればいい。

 今は、ただ今日の楽しかった思い出を胸に、眠りにつこうと思った。

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