第6話「俺たちは決してカップルじゃない」
フードコートに残された俺と澪。
涼真と小鳥遊が去ってから、少し気まずい沈黙が流れた。
でも、それも一瞬のことだった。
「ねえ、遼輔」
澪が口を開いた。
「さっき見てた服、どれが似合うと思う?」
澪はスマホの画面を見せてくれた。さっき試着していた時の写真が何枚か保存されているようだ。
「どれも似合ってたと思うけど」
「本当?でも、どれか一つ選ぶなら?」
「うーん……」
俺はスマホの画面を覗き込む。
何枚かの写真を見比べて、一枚を指差した。
「これかな。色が澪に合ってる気がする」
「やっぱり!私もこれが一番気に入ってるんだ」
澪は嬉しそうに笑った。
「遼輔と同じ意見で安心した」
「何で俺の意見が必要なんだよ」
「だって、遼輔はセンスいいし」
「そうか?」
「うん。いつも服装、ちゃんとしてるもん」
澪の言葉に、俺は少し照れくさくなった。
別に、特別にセンスがいいわけじゃない。ただ、適当に選んでるだけだ。
「それより、さっきのパスタ、美味かった?」
「うん。結構美味しかったよ。遼輔のラーメンは?」
「まあまあかな。もうちょっと濃い味でもよかったけど」
「遼輔、濃い味好きだもんね」
「ああ。薄味だと物足りなくてさ」
そんな他愛もない会話を続けていた。
いつもと変わらない。本当に、いつもと変わらない会話。
学校の帰り道で交わすような、何気ない話題。
「二人きりの時間っつってもよ」
俺はふと思ったことを口にした。
「これ、いつも通りじゃないの?」
その言葉を聞いた瞬間、澪の顔が少し強ばった。
「え?」
「だから、俺たちいつもこうやって話してるだろ。別に特別なことじゃないっていうか」
「そ、そうだね!その通り!」
澪は慌てたように否定した。
「別に特別なことじゃないよね!いつも通り!全然いつも通り!」
「……お前、何でそんなに慌ててるんだ」
「慌ててないよ!全然慌ててない!」
明らかに慌てている。
澪は顔を赤くして、パスタのフォークを必死にいじっていた。
「ただ、その……」
「その?」
「遼輔がそう思ってくれてるなら、それでいいかなって」
澪は小さな声でそう言った。
その言葉の意味を考えようとしたが、よく分からなかった。
俺がいつも通りだと思ってくれてるなら、それでいい?
どういう意味だ?
「まあ、とにかく」
澪は話題を変えるように続けた。
「今日は楽しいね。四人で買い物するの、初めてかも」
「そうだな。涼真と小鳥遊も一緒だと、賑やかで面白い」
「うん。また今度、こうやって遊べたらいいな」
澪は笑顔でそう言った。
その笑顔を見て、俺も自然と笑顔になる。
確かに、今日は楽しい。
作戦とか何とか言っていたけど、結果的には楽しい一日になっている。
その頃、少し離れた場所で涼真と小鳥遊が二人を見守っていた。
「ねえ、あれって上手くいってるのかな」
小鳥遊が心配そうに遠くの席を見つめた。
「声が聞こえないから分かんないけど……」
「まあ、笑ってるし大丈夫だろ」
涼真は腕を組んで頷いた。
「少なくとも、気まずい雰囲気じゃないみたいだし」
「そうだね。澪、楽しそうに笑ってる」
「遼輔もな」
二人は安心したように、遠くの様子を見守っていた。
「でも、進展するかな」
「さあな。あいつら、本当に鈍感だからな」
「九条もね」
「は?俺は関係ないだろ」
「関係あるでしょ。あんたも相当鈍感だし」
「何がだよ」
「自分で気づいてないのが、もう鈍感の証拠」
小鳥遊は呆れたように言った。
「まあいいや。とにかく、今日の作戦、半分くらいは成功ってことでいい?」
「半分って、お前」
「だって、演技は大失敗だったけど、二人きりにはできたし」
「それもそうだな」
涼真は肩をすくめた。
その時だった。
「ねえねえ、見て」
近くを通りすがった女子高生グループの一人が、涼真と小鳥遊を指差した。
「あの二人、絶対付き合ってるよね」
「え、どれどれ」
もう一人の女子高生が興味津々に見てきた。
「本当だ。いい感じのカップルじゃん」
「いいなぁ、羨ましい」
女子高生たちはそう言いながら、通り過ぎていった。
残された涼真と小鳥遊は、一瞬固まった。
そして——。
「カップルじゃありませんから!!」
二人は声を揃えて叫んだ。
周囲の視線が一斉に集まる。
「うるせえな、何見てんだよ」
涼真は顔を赤くして、視線を逸らした。
「あんたが大声出すからでしょ」
「お前も叫んでただろ」
「九条が先に叫んだから、つられただけ」
「嘘つけ。お前の方が声でかかったぞ」
「嘘じゃないもん」
二人はまた言い争い始めた。
フードコートの席で、俺は遠くから聞こえた声に首を傾げた。
「今、何か聞こえなかった?」
「え?何が?」
澪はきょとんとした顔で聞き返した。
「いや、涼真の声が聞こえたような……」
「気のせいじゃない?」
「そうかな」
俺はもう一度周囲を見回したが、涼真と小鳥遊の姿は見えなかった。
「もうそろそろ戻ってくるかな」
「どうだろう。結構時間経ったけど」
俺はスマホで時計を確認した。
あれから二十分以上経っている。
「遅すぎないか?」
「トイレでお化粧直ししてるのかも」
「涼真もか?」
「九条君は多分、結衣に付き合わされてるんじゃない?」
澪は笑いながらそう言った。
確かに、それはありそうだ。
でも、それにしても遅い。
「連絡してみるか」
俺は涼真にメッセージを送った。
『どこにいる?もう食べ終わったぞ』
同じタイミングで、澪も小鳥遊にメッセージを送っているようだった。
「返事、来るかな」
「すぐ来るだろ」
でも、五分待っても返事は来なかった。
「おかしいな」
「結衣、スマホ見てないのかも」
「涼真もだ」
俺は再度メッセージを送った。
『もう食べ終わっちゃったから、先に行ってる。また後で連絡して』
澪も同じような内容を送ったようだった。
「じゃあ、先に行こっか」
「そうだな。多分、後で合流できるだろ」
二人で席を立って、フードコートを出た。
その頃、涼真と小鳥遊はまだ言い争いを続けていた。
「だから、あんたの演技が下手だったのが悪いんでしょ」
「お前の指導が悪かったんだろ」
「指導の問題じゃなくて、九条の才能の問題」
「才能って何だよ。演技に才能なんて関係ねえだろ」
「大いに関係あるから」
「ねえよ」
「あるもん」
二人は完全に、遼輔と澪のことを忘れていた。
スマホが鳴ったことにも気づかず、ただ言い争いを続けていた。
「それより、さっきの女子高生たち、マジでムカついた」
「同感。何がカップルだよ」
「私と九条がカップルとか、あり得ないし」
「こっちの台詞だ。お前みたいなうるさい女と付き合うとか、罰ゲームかよ」
「は?うるさいのはお互い様でしょ」
「お前の方が百倍うるさいわ」
「九条の方が千倍うるさい」
そんな不毛な言い争いを続けている間に、時間はどんどん過ぎていった。
俺と澪は、ショッピングモールの中を歩いていた。
「あ、あの店、可愛い雑貨売ってるよ」
澪が指差した先には、小さな雑貨店があった。
「ちょっと見ていい?」
「ああ、いいぞ」
二人で店に入って、商品を見て回る。
澪は楽しそうに、色々な雑貨を手に取っていた。
「これ、可愛くない?」
「ああ、確かに」
「お母さんへのプレゼントにいいかも」
澪は小さなマグカップを手に取って、じっくりと眺めていた。
「買うのか?」
「うん。これにする」
澪はレジに向かって、マグカップを購入した。
店を出た後も、二人で色々な店を見て回った。
本屋に寄って、気になる本を立ち読みしたり。
文房具店で、新しいペンを見たり。
特別なことは何もしていない。
ただ、二人でぶらぶらと歩いているだけ。
でも、それが心地よかった。
「ねえ、遼輔」
「ん?」
「今日、ありがとう」
澪が唐突にそう言った。
「何がだよ」
「一緒に来てくれて。楽しかったから」
澪は恥ずかしそうに笑った。
「いや、別に俺は何もしてないけど」
「ううん。遼輔が一緒だから、楽しいの」
その言葉が、妙に胸に響いた。
遼輔が一緒だから、楽しい。
それって、どういう意味だろう。
幼馴染として?
それとも——。
「俺も、楽しいよ」
俺は素直にそう答えた。
「澪と一緒にいると、何か落ち着くっていうか」
「本当?」
「ああ」
澪の顔が、パッと明るくなった。
「嬉しい」
その笑顔を見て、俺は思った。
確かに、澪と一緒にいると楽しい。
何をするわけでもなく、ただ一緒に歩いているだけで、心が落ち着く。
これって——。
いや、違う。
これは、幼馴染だからだ。
昔から一緒にいるから、気を遣わないでいられる。
それだけのことだ。
そう自分に言い聞かせた。
「そういえば、涼真たちから連絡来た?」
「あ、確認してなかった」
澪はスマホを取り出して、画面を見た。
「あれ、既読ついてるのに返事ない」
「俺もだ」
俺もスマホを確認したが、涼真から返事は来ていなかった。
「まあ、いいか。また後で連絡するだろ」
「そうだね」
二人はそのまま、ショッピングモールを歩き続けた。
特に目的があるわけじゃない。
ただ、二人で時間を過ごす。
それだけで、十分だった。
時刻は午後三時を回っていた。
涼真と小鳥遊は、ようやく言い争いを終えて、スマホを確認した。
「あ」
二人は同時に声を上げた。
遼輔と澪からのメッセージが、それぞれ届いていた。
『もう食べ終わっちゃったから、先に行ってる。また後で連絡して』
「やばい、完全に忘れてた」
涼真は慌てて周囲を見回した。
「どこ行ったんだろう」
「私たち、完全に見失ってるよね」
小鳥遊も困った顔をした。
「どうする?探す?」
「探すって言っても、広いぞこのモール」
「連絡してみようか」
「それしかないな」
涼真は遼輔に電話をかけた。
数回のコール音の後、遼輔が出た。
「もしもし、涼真?」
「お前ら、今どこにいるんだ?」
「三階の本屋。お前らは?」
「今からそっち行く。待ってろ」
電話を切って、涼真は小鳥遊を見た。
「三階の本屋だって」
「了解。急ごう」
二人は慌てて、三階に向かった。
エスカレーターを駆け上がって、本屋に到着する。
中を見回すと、すぐに遼輔と澪の姿が見つかった。
「おー、いたいた」
涼真が声をかけると、遼輔が振り返った。
「遅いぞ。どこ行ってたんだよ」
「ちょっと、な」
涼真は誤魔化すように笑った。
「悪い悪い。待たせたな」
「別にいいけど」
遼輔は肩をすくめた。
「俺たち、先に色々見て回ってたから」
「そっか。楽しめた?」
「ああ、まあな」
遼輔と澪は、特に不満そうな様子はなかった。
むしろ、二人とも楽しそうに見えた。
涼真と小鳥遊は、顔を見合わせた。
作戦は失敗だったけど、結果的には上手くいったのかもしれない。
二人の距離が、少しだけ縮まった気がした。
「じゃあ、これからどうする?」
小鳥遊が聞いた。
「もう少し見て回るか?」
「そうだな」
四人は再び、ショッピングモールを歩き始めた。
今度は、本当に四人一緒に。
涼真と小鳥遊の作戦は、確かに失敗だった。
でも、それでも何かが変わった気がした。
遼輔と澪の間に、小さな変化が生まれていた。
それは、本人たちも気づかないような、本当に小さな変化。
でも、確かにそこにあった。
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