第5話「俺たちは親友にハメられたようだ」

 日曜日の昼前。

 俺は駅前の待ち合わせ場所に到着した。

 涼真は既に来ていて、スマホをいじりながら俺を待っていた。

「よう、遼輔」

「おう」

 いつも通りの挨拶を交わして、二人で駅の改札に向かった。

「今日は何買うんだ?」

「ゲームとか見ようかなと思ってさ」

「お前、最近新しいゲーム買ったばっかりじゃなかったか?」

「まあな。でも見るだけなら別にいいだろ」

 涼真は何でもないように答えた。

 電車に乗り込んで、二人並んで座る。ショッピングモールまでは三駅、十五分ほどの道のりだ。

 車内は日曜日ということもあって、それなりに混んでいた。買い物に向かう家族連れ、カップル、学生たち。

 涼真は窓の外を見ながら、時々周囲に視線を走らせていた。

「どうした?落ち着かないな」

「え?いや、別に」

 涼真は慌てたように笑った。

「ちょっと寝不足でさ。昨日遅くまでゲームしてたから」

「相変わらずだな、お前」

「うるせえ」

 そんな会話を交わしながら、電車は進んでいく。

 涼真は時折、車内を見回していた。何かを探しているような、そんな様子だった。

 でも、俺が気になって聞こうとすると、すぐに話題を変える。

「そういえば、最近澪とはどうなんだ?」

「どうって、別に何も」

「相変わらず一緒に登校してんの?」

「まあ、いつも通りだな」

「ふーん」

 涼真は意味深に笑った。

「お前、本当に何も思わないわけ?」

「何をだよ」

「いや、別に」

 涼真はそれ以上何も言わなかった。

 三駅目に到着して、二人で電車を降りる。

 ショッピングモールは駅から直結していて、改札を出てすぐにエントランスが見えた。

 休日の昼間ということもあって、人でごった返している。

「さて、どこから見るか」

 涼真がそう言った瞬間だった。

「あれ?」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、そこには見慣れた二人の姿があった。

 澪と、小鳥遊だ。

「遼輔?九条君も?」

 澪が驚いたような顔でこちらを見ている。

 小鳥遊も同じように驚いた表情を浮かべていた。

「アー、オマエラ、グウゼンダナー」

 涼真が突然、ロボットのような口調で言った。

 その棒読みっぷりに、俺は思わず涼真を見た。

「……お前、何だその喋り方」

「いや、何でもない」

 涼真は慌てて普通の口調に戻した。

 一方、小鳥遊は自然な笑顔で近づいてきた。

「本当に偶然ですね!私たち、買い物に来てたんです」

「そうなんだ。俺たちもちょっと買い物」

 俺がそう答えると、澪が嬉しそうに笑った。

「じゃあ、一緒に回りませんか?」

「あ、ああ。いいけど」

 四人で一緒に行動することになった。

 でも、何だか様子がおかしい。

 涼真の態度が、明らかに不自然だった。

「イヤー、ホントニ、グウゼンッテアルモンダナー」

 また棒読みになっている。

「九条、演技下手すぎ」

 小鳥遊が小声で突っ込んだ。

「うるせえ。俺だって頑張ってんだよ」

「全然頑張ってないでしょ。もっと自然にできないの?」

「できるわけねえだろ。こういうの苦手なんだよ」

「だから言ったじゃん。あんたに演技は無理だって」

「じゃあお前がやれよ」

「私はちゃんとやってるでしょ」

 二人が小声で言い争っている。

 その様子を見て、俺は確信した。

 これは、偶然じゃない。

 明らかに、仕組まれている。

「なあ、涼真」

「ん?何だ遼輔」

「お前ら、何か企んでるだろ」

 涼真の顔が一瞬強ばった。

「な、何言ってんだよ。偶然だって」

「偶然にしては、お前の態度が不自然すぎる」

「気のせいだ気のせい」

 涼真は必死に誤魔化そうとしているが、完全にバレている。

 小鳥遊も、バツが悪そうな顔をしていた。

「三崎君、ごめんなさい。実は……」

「結衣!」

 涼真が慌てて小鳥遊を止める。

「まだバラすな!」

「もうバレてるでしょ」

「バレてない!まだ大丈夫だ!」

「完全にバレてるから」

 二人のやり取りを見ながら、俺はため息をついた。

 一方、澪はきょとんとした顔で三人を見ていた。

「え?どういうこと?」

 澪は本当に何も気づいていないようだった。

「あー、えっとね、澪」

 小鳥遊が説明しようとしたが、涼真がそれを遮った。

「何でもない!何でもないから!」

「いや、明らかに何かあるでしょ」

 俺が突っ込むと、涼真は観念したように肩を落とした。

「……分かったよ。実は、お前らを二人きりにさせようと思ってさ」

「は?」

「だから、偶然を装って四人で会って、その後俺たちが離れて、お前らだけの時間を作ろうとしたんだよ」

 涼真がそう言った瞬間、澪の顔が真っ赤になった。

「え、え、ええ!?」

「だから言ったじゃん、九条。すぐバレるって」

「うるせえ。お前の演技指導が悪いんだろ」

「あんたが下手すぎるのが悪いんでしょ」

 涼真と小鳥遊がまた言い争い始める。

 俺は二人のやり取りを見ながら、複雑な気持ちになった。

 確かに、ありがたい気持ちもある。

 友達が俺たちのことを思って、こんな作戦を立ててくれたんだから。

 でも、同時に困惑もあった。

 俺と澪を二人きりにして、どうしようというんだ。

 別に、俺たちはそういう関係じゃないのに。

「ごめんね、遼輔。結衣が勝手に」

 澪が申し訳なさそうに謝る。

「いや、澪は悪くないだろ。むしろ俺も知らなかったし」

「でも……」

 澪は恥ずかしそうに俯いた。

「まあまあ、せっかく四人で会えたんだし、普通に買い物しようぜ」

 涼真がそう提案した。

「作戦は失敗したけど、それはそれで楽しもうぜ」

「そうだね。じゃあ、みんなで回ろうか」

 小鳥遊も同意した。

 結局、四人で一緒にショッピングモール内を回ることになった。


 最初に向かったのは、ゲームショップだった。

 涼真が新作のゲームを物色している間、俺も一緒に棚を見て回る。

「おお、このゲーム評判いいんだよな」

「マジか。買うの?」

「いや、今月は金ないから見るだけ」

 涼真は残念そうに棚に戻した。

 少し離れたところでは、澪と小鳥遊が何か話し込んでいた。

 時々こちらを見ては、また二人で何か囁き合っている。

「なあ、遼輔」

「ん?」

「お前、本当に東雲さんのこと、何とも思ってないの?」

 涼真が真面目な顔で聞いてきた。

「何とも思ってないって……幼馴染だし」

「そういうんじゃなくてさ」

 涼真は腕を組んで、俺を見つめた。

「恋愛対象として、どうなのかって聞いてんだよ」

「だから、俺は年上のお姉さんが——」

「それ、本当に本音なのか?」

 涼真の言葉に、俺は黙り込んだ。

 本音かどうか、と聞かれると。

 正直、分からない。

 確かに、年上の女性に憧れはある。

 大人の余裕があって、包容力があって、そういう女性が理想だと思っている。

 でも——。

「お前、東雲さんと一緒にいる時、楽しそうだぞ」

「それは、昔から一緒にいるからだろ」

「そうかもな」

 涼真は棚に手を伸ばしながら、続けた。

「でも、楽しいってことは、それだけで十分な理由になると思うけどな」

「どういう意味だよ」

「一緒にいて楽しい。それって、恋愛の基本じゃね?」

 涼真の言葉が、妙に心に刺さった。

 一緒にいて楽しい。

 確かに、澪と一緒にいると楽しい。

 他愛もない会話をして、笑い合って、時には喧嘩もして。

 でも、それは幼馴染だからだ。

 昔から一緒にいるから、気を遣わないでいられる。

 それだけのことだ。

 そう思いたかった。

「まあ、お前が決めることだけどさ」

 涼真はゲームの棚から離れて、出口に向かった。

「俺は、お前が幸せならそれでいいよ」

 その言葉を残して、涼真は店を出て行った。

 俺も後を追って、店を出る。

 外では、澪と小鳥遊が待っていた。

「次、どこ行く?」

 小鳥遊が聞いてきた。

「服とか見たいんだけど」

「いいぞ。俺は特に用事ないし」

 四人でファッションフロアに向かった。

 小鳥遊と澪が服を見ている間、俺と涼真は近くのベンチに座って待つことにした。

「女の買い物、長いよな」

「まあな」

 二人でぼんやりと、店内を眺める。

 澪は楽しそうに服を選んでいた。小鳥遊と何か話しながら、笑っている。

 その笑顔を見て、俺は何となく安心した。

 澪が楽しそうなら、それでいい。

 そう思った。

 三十分ほど待った後、澪たちが戻ってきた。

「お待たせ!」

「買ったのか?」

「うん。可愛いワンピース見つけちゃった」

 澪は嬉しそうに袋を見せた。

「今度着てくるね」

「ああ、楽しみにしてる」

 俺がそう答えると、澪の顔が少し赤くなった。

「次はフードコートで休憩しない?」

 小鳥遊が提案した。

「そろそろお昼も過ぎたし、お腹空いたでしょ」

「賛成」

 涼真が即答した。

「俺、さっきから腹ペコだったんだよ」

 四人でフードコートに向かった。

 席を確保して、それぞれ好きなものを買いに行く。

 俺はラーメンを、涼真はカレーを、澪はパスタを、小鳥遊はうどんを選んだ。

 テーブルに戻って、四人で食べ始める。

「うまい」

「だね」

 しばらく黙々と食べていたが、小鳥遊が箸を置いて口を開いた。

「ねえ、みんな」

「ん?」

「ちょっとトイレ行きたいんだけど、九条も一緒に来て」

「は?何でだよ」

「いいから来て」

 小鳥遊は有無を言わさず、涼真の腕を引っ張った。

「ちょ、待てって!」

「待たない。行くよ」

 二人はそのまま席を立って、フードコートを出て行った。

 残されたのは、俺と澪だけ。

 突然の二人きりに、少し気まずい空気が流れた。

「……あの二人、分かりやすいね」

 澪が苦笑しながら言った。

「ああ、本当にな」

 俺も笑って答えた。

「でも、まあ」

 澪はパスタをフォークで巻きながら、続けた。

「結衣も九条君も、私たちのこと心配してくれてるんだよね」

「そうだな」

「ありがたいけど、ちょっと恥ずかしいかも」

 澪は照れくさそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺は思った。

 涼真と小鳥遊の作戦は、確かに失敗だった。

 バレバレの演技で、すぐに見抜かれた。

 でも、こうして二人きりになれたのは、事実だ。

 そして——。

 澪と二人でいるのは、悪くない。

 むしろ、心地いい。

 いつもと変わらない会話。いつもと変わらない距離感。

 でも、今日は少しだけ、いつもと違う気がした。


 その頃、フードコートから少し離れた場所で、涼真と小鳥遊が二人の様子を見守っていた。

「ねえ、九条」

「何だよ」

「あれ、いい感じじゃない?」

 小鳥遊が遠くの席を指差した。

 そこには、遼輔と澪が並んで座って、何か話している姿があった。

「まあ、悪くはないな」

 涼真は腕を組んで頷いた。

「作戦は失敗したけど、結果的には二人きりにできたし」

「でも、三崎君、気づくかな」

「さあな。あいつ、本当に鈍感だから」

「澪も奥手だしね」

 二人は遠くから、遼輔と澪を見守り続けた。

「でも、何か変わるといいよね」

 小鳥遊がぽつりと呟いた。

「ああ」

 涼真も同意した。

「少しずつでもいい。あいつらが前に進めれば、それでいいよ」

 二人は静かに、親友たちの行方を見守っていた。

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