雪の日に
庭に積もる雪を、一平は自室から見下ろしていた。
彼はもうかれこれ二年、学校へ行っていなかった。行かなくなった初めの日も、雪が降っていた。
「寒いから休む」
その一言で、彼は引きこもりの仲間入りをした。
好きな時間に起きて、好きな時間に寝る。食事もまばらでゲーム三昧。
頭抱える両親をよそに、勉強なんてしていない。机に向かう理由はただ一つ、夢想をノートへ写すため——。
一平はゆっくり落ち行く雪をじっと見つめた。暖房の効いた部屋から、パラパラと落ちて纏まっていく冷たい雪を見つめた。
手元にはノートがあった。開かれたページには、影喰。
その擦れて薄くなった黒を、一平は鉛筆で濃く塗りつぶしていった。部屋には、鉛筆の滑る音だけが響いていた。
「もう一度伺ってもいいですか」
会議室へと鋭い声が響いた。
大きな広間の中心にて、丸テーブルを五人が囲う。その中で、背広姿に眼鏡をかけた男が咳払いをしてから、応えるよう口を開いた。
「ですから。こちらから攻めに行くと言っているのです」
そう言って、執政官のヒューゴは震えた瞳で正面の男を見た。
「そんな無茶なことできるはずないでしょう」
「ですが、昨晩の戦いでは——」
「あれは奇跡みたいなもんですよ。あんなの二度も起きません」
真剣な眼差しで言い返すのは、騎士団長——セドリック。
中央にぶら下がる豪勢な照明の灯る下では、行く末の話し合いが行われていた。
「今はとにかく我慢の時です。そうでしょう?」
「しかし、皆、限界が来ています。町で暮らす人々だってこれ以上はもう‥‥。今は奇跡にでもすがりたいのです」
セドリックは大きくため息を吐いた。
「そんなこと言ったって。だいたい守りすら危ういんですよ。それをどうして攻めろと」
「それは‥‥」
「だからこそ攻めるべきだと、ヒューゴ殿は言っているんだろう」
割って入ったのは、魔術師のソフィアだった。彼女は黒の長髪を軽く流してから続けた。
「守勢のみでいても、何も変わらないだろう?」
「今はそれがベストだ」
「いや、それではどうせジリ貧だ。いずれこの国は滅ぶ」
「攻めたらそれこそすぐ滅んじまう」
「ほう。守っていれば良いことでもあると」
「だから、他国の援軍を待とうと言ってるんだ」
セドリックの言葉にソフィアは「ふっ」と鼻で笑った。
「他人に頼るとは、いかにもお前らしいな」
「一人で何でもできると勘違いするよりマシだとは思うがな」
セドリックも負けじと笑みを浮かべて応戦する。
赤基調の絨毯には論争による唾が落ち、上を強く視線がぶつかり合う。
僅か沈黙が続いた後に、口を開いたのはソフィアだった。
「とはいえ、まあ。せっかく五人もいるんだ。他の意見も聞くべきだろう。そうだな‥‥、エレオノール、お前はどう思っているんだ」
突然名前を呼ばれて、少女の体はピクっと跳ねた。
「わ、私ですか?」
肩にかからぬまでに収めた栗色の髪——その目深な前髪から覗くように全員を見て、彼女は「私は、その‥‥」と言い淀む。
「何でも構わない。お前の思っていることを教えてくれ」
ソフィアの言葉に彼女は頷くと、ふーと息を吐いて、静かに口を開いた。
「私は、とにかく皆さんの無事が一番です。傷ついた方がいればそれをとにかく癒すし——、だから、その‥‥。この国の皆が、笑顔で生きられれば、それがいい‥‥です‥‥」
言い終えてエレオノールは、頬を赤らめ俯いた。
「お前らしいな」
その場の全員が微笑んでいた。
そうして、重たい空気が多少軽くなったのも束の間、ソフィアが「では」と締める声色で言うと、またもう一人の参加者の方を見た。
「アネット様はどうお考えですか」
高貴なピンク色のドレスに艶やかな白髪を垂らして——儚き口元が緩く綻ぶ。
「そうね」
透明な声が会議室に染み渡った。
——アネット=セフィアコート。
この国の王女がゆっくりと話を始めた。
「私の考えを言う前に——、ヒューゴ。実際、他国へ応援は頼めるのかしら」
若くあるのに、畏れ孕む視線がヒューゴに向いた。彼は「えっと」と少し言葉を詰まらせつつも、応える。
「‥‥ええと。実を言いますと、厳しい状況です。何度も電報をお送りしているのですが、どの国も良い返事はなく‥‥」
その言葉に、セドリックの表情は陰る。
他方、アネットは、「そう」と顔を変えぬまま、次にソフィアの方を見た。
「では、ソフィア。あなたは攻めた方が良いと考えているようだけれど。何か良い案でもあるの?」
それにソフィアは「ええ」と頷いた。
「教えてもらっても?」
「はい」と応えてソフィアは机に置かれた地図を指さし始めた。
「大枠だけ説明しますと、まず砦を全て奪還し、大規模魔法陣を構築します。そして、それにて発動した魔法を——」
すーっと彼女の細い指が、大陸末端のところへ動いた。
「魔王の根城へぶち込みます」
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