戦の”あと”

 訓練場より兵舎へ戻ったオレリア。

 

 「‥‥うぅっ」


 入ってすぐ、彼女の耳に入ったのは呻き声だった。

 床には所狭しと布団が敷き詰められ、その上に横たわる負傷兵たち。数はゆうに百を越えようかというところ——。


 「ちょっと邪魔っ」


 棘のある声に、彼女が避けると、その横を兵士の一人が担架で運び出された。白昼に、その者は虚ろな目をしていた。そして、その姿は併設された病院へと消えていく。

 常は食堂である一階が、簡易病床へと様変わりしていた。

 日のよく差し込むのが余計、傷に呻く兵を晒し出す。その光景にオレリアは入り口で立ちすくんでいた。


 「——おう、オレリアじゃねえか」

 

 佇む彼女を少し遠くから呼ぶ声がした。その先を向けば、オレリアは軽く目を見開いた。そして、手招かれるままに、彼女は間を縫ってその元へと行った。


 「お前もしぶといものだな」

 「へっ。お互い様な」


 そう苦笑いを浮かべたのは、はげ頭の男——シモンだった。彼は上体を起こしたままに今度は思い切り歯を見せて笑う。その歯は、下半身を覆うシーツに負けぬ程に白く輝いた。


 「昨日は大活躍だったな」

 「いや、私は何も‥‥」

 「‥‥まあ。確かに。昨日はあの魔獣の——」

 「あれは悪い夢だ。早く忘れろ」


 底を突くような冷えた声でオレリアは言った。


 「すまねえ。そうだな」


 シモンはそう言って、ぽりぽり頬を掻くと続けた。


 「あれか? 今日も朝から稽古か?」

 「ああ。落ち着かなくてな」

 

 オレリアは控えめに微笑んで、彼の前に屈んだ。

 

 「昨日の今日でよくできるなあ」

 「さっき団長にも言われたよ。ついでに一勝負してもらった」

 「ほう。そりゃまた元気なことで」


 そう言うとシモンは、掻き出した耳くそを服へと塗りつける。

 「おい」とオレリアはそれを冷ややかに見た。そして、ため息を吐きつつ口を開く。


 「それで、お前の方はどうなんだ」

 「ん? まあ。この通りさ」


 ぐっと力こぶ一つ、シモンはつくって見せた。


 「流石、頑丈だな」

 「無傷のお前に言われたかないがな」

 「お前とは鍛え方が違うんだ」


 ぷっと二人して吹き出した。そして、小さく声を出して笑い合う。

 それは静かな陰りのある食堂に、一つだけ日の光に従うようだった。


 「次の戦いも近い。それまでにはそのかすり傷を治しておけよ」

 「全く。騎士団のエース様は手厳しいねえ」

 「お前には期待してるんだ——壁としてな」

 「そりゃ、期待に応えなきゃだな」


 オレリアは小さく頷くと「さて」と立ち上がった。


 「腹ごしらえしてくるよ」


 踵を返し彼女は、隅のカウンターに置かれたパンを一つ取って外へと繰り出していった。


 「いいのか? あんなこと言って」

 「ああ、負けてられねえからな」


 彼女の去ったあと、シモンは隣の兵とそう一言交わした。

 彼の目尻の落ちた瞳は、シーツ越しに自分の足を捉えていた。


 外に出てオレリアは、町の方へと向かっていた。

 硬いパンを齧って、背に受ける潮風に金髪を揺らし歩く。

 彼女が一つ小橋を渡り終えると、そこには石造りの建物がずらり建ち並んでいた。赤い屋根に陽光が眩しく照り返して、海鳥が数羽、空を飛ぶ。

 その下、石畳の上を歩きゆく中、オレリアは割れた凹凸に躓いた。危うくパンを落としそうになったが、どうにか宙で拾って、彼女は最後を大きく一口で頬張った。

 彼女の行く通りは最も広いものだが、往来はまばらでいた。また、家々のカーテンは閉め切られて、まだ夜明け前の様相だった。

 静かな中をオレリアの足音が埋めた。しばらく行って、彼女がようやく立ち止まったのは城門の前だった。

 

 「騎士のオレリアだ。開けてくれないか」

 

 そう言うとオレリアはブラウスの胸ポケットからバッジを出し、門番へ見せた。

 すると、ズズンという重低音の後に巨大な鉄柵が弧を描き上り始めた。オレリアはその上がり切る前に城壁の外へと進んでいた。

 ——腐った血肉。そして油。

 湧き立つ臭いは砂も混じり、オレリアは少し顔をしかめた。彼女の眼前に広がるのは、昨晩のまま取り残された無数に広がる魔獣の死骸。さらには、その上に、男たちが壺から油を注いで回っていた。

 

 「おーい。もういいぞー」

 

 一人の男がそう言うと、端で火種が落とされた——。

 ブオッと炎が巻き上がり、一杯に広がる。死骸を全て燃やしていく。

 オレリアはその焼けていく様を、ただ見ていた。

 地が黒く焦げても、まだ肉塊の残るままでいて、男たちはそれを徐々に一所へとまとめていった。そしてまた、油を注いで種火を落とす。

 その最後、燃え尽きるは随分と日の傾くころで、朱色の陽光に骨の山が積もっていた。


 「そろそろ人もこうなるかもな」

 「‥‥ああ。そうだな」


 男たちはそんな言葉を交わして、骨をまとめていた。

 オレリアは、その全てを青い瞳に収めた後に、黒焦げの地面に残る爪の痕に触れた。それは、長く連なり折り返して向こうまで続く——確かな痕。

 日の落ちる前、オレリアの拳は強く握られていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 

 


 

 

 

 

 


 


 


 

 

 

 

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