騎士<オレリア>

 ブンッと木製の剣が宙を切る。共に、一つ縛りの長い金髪も揺れ、空想の敵を睨む青い瞳——。

 そして、また一振り。

 青空の下、芝の緑が映える訓練場にて女騎士——オレリアは鍛錬に励んでいた。額に汗を浮かべ、捲った袖から覗く腕は細いながらにも筋が立つ。

 昼下がりの訓練場ともあれば、いつもなら多くの者がいるのだが、今日はオレリアだけだった。彼女は鬼気迫る様子で、一人剣を振っていた。

 

 「——全く。昨日の今日で精が出るねえ」


 そんなオレリアの元に、背の高い短髪の男がゆらゆらと歩み寄って来た。

 彼女はふうと一息吐くと、袖で汗を拭いそちらに目をやった。

 

 「団長」


 「よっ」と手を挙げて応えたのは、騎士団長のセドリックだった。


 「王との謁見は?」

 「もう済んだよ。ご苦労だとさ」

 

 セドリックはぐーっと人伸びしてから、「ほら、来いよ」と木の剣を構えた。

 オレリアもコクリ頷いて、木の剣を持ち上げると、ぐっと足に力を入れた。

 そして、両者短く息を吐いて次の瞬間——。

 カコンッと木の打ち合う音が天高く響いた。

 なびく芝。風を切るまでの素早いオレリアの一閃を、セドリックが後退しながら受け止めていた。

 その後、続く切り上げを刃の滑りで受け流し、セドリックは体を翻しつつオレリアの背後へ一太刀——。が、それをオレリアはしゃがんで躱すと、振り向きざまに喉元へ切っ先を突く。

 

 「――っぶな」


 セドリックは寸前のところで上体を目一杯にのけぞらせて、鼻先掠めた刃を木剣で弾いた。 


 「おいおい。まじで殺る気じゃないだろうなあ」

 「信頼ですよ。今のは」

 

 苦笑にも軽口を叩くセドリックに、オレリアは木剣を流し目に見つつ応えた。


 「そうですかい」

 

 そう言うと今度はセドリックが仕掛けた。

 揺れる葉の様に、自然を装い歩き近づいて‥‥、オレリアの息を吸った隙に、一撃。

 意表を突かれたオレリアだったが、それでも遅れながらに防いだ。ただ、そのズレにより形勢はセドリックへと傾く。

 連撃に次ぐ連撃で、セドリックは容赦なくオレリアを追い詰める。カコン、カコンと乾いた木の打ち合う音は激しく鳴っていた。


 「これも、信頼ってやつだぜ。オレリアさん」


 笑みを浮かべつつも、セドリックは攻撃の手を休めない。

 そして、オレリアが振り下ろしを読んで守ろうとした——それを見逃さなかった。

 セドリックはすっと膝の力を抜き体を沈めると、オレリアの上った視界の下から喉元目掛け木剣を突き上げた。


 「仕返しじゃいっ!!」


 ——カーン。と金属に似た音が響いた。

 オレリアは、セドリックの突きを横へ躱しつつ、柄の尻でその切っ先を叩き落としていた。セドリックはというと勢い余って、前方へ体勢を崩した。

 片膝突いて振り返れば、もう彼の目の前にはオレリアが木剣の切っ先を向けてあった。


 「‥‥俺の負けだな」


 彼はそう言って、「あーあ」と溜め息ながらに寝転んだ。

 

 「ありがとうございました」

 

 オレリアは一礼すると、セドリックの横に座った。

 柔らかな風が彼女の髪を揺らすと、その金は陽光に輝く。


 「俺より強えんだから、お前が団長やればいいのに」

 「そんな。恐れ多い」

 「何が恐れ多いんだか‥‥。強い奴が上に立つ。ごく当たり前のことだと思うがな」

 「無理ですよ。私には」


 そう微笑み見下ろしたオレリアだったが、ぶつかったセドリックの視線は真っすぐ真剣なものだった。それを認めてオレリアは、すっと考えるように俯くと、青の瞳に自身の足を映したまま、静かに口を開いた。

 

 「‥‥確かに私は騎士団の誰よりも強いですが——」


 「それは認めんのね」と苦笑いするセドリックに、オレリアは頷き続ける。

 

 「しかし、団長たるもの、強さのみでなれぬものだとも知っています‥‥。騎士団長になるためには、こう‥‥、頭も使えなければならないと思うのです」

 「確かにお前は脳筋だからな」


 「そこまで言わなくても」と、オレリアは頬を膨らませた。


 「とはいえ、そういうことです。私は強くあれど賢くない。言葉も巧みに扱えません。ですから、私は騎士団長には向かないのです」


 セドリックは、「そうかい」と起き上がって、遠く空を眺めた。眩しい陽光は、彼の影を短くも濃く落とす。


 「まあでも、今なら誰がやろうと変わらんがなあ」


 髪から落ちる芝と共に、その言葉は静かに風に攫われた。

 オレリアは、ただセドリックを見つめていた。僅かに喉が動いたが、飲み込んでいた。

 

 「なんてな」

 

 そう言って立ち上がると、セドリックはオレリアの頭をポンポンと優しく叩いた。


 「今日はここら辺にして休んどけよ。大事な戦力が無くなっちまう」


 そう言い残して去りゆく彼の背に、オレリアは僅か困ったような目元をしつつも、微笑みを浮かべると、「はい」と頷いた。

 

 

 

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