今日も彼は誰かを救っている

わたしだ

彼は世界を救う

 「あの子、どうするの?」

 「待つしかないだろう」

 「待つって‥‥、もう中学も卒業するのよ。高校にだって——」

 「今は色んな道があるから。大丈夫、きっと大丈夫だよ‥‥」


 リビングに落ちる二つの影は、同時に深く溜め息を吐いた——。


 夜も更けて来た頃、両親の憂う青年は、自室で独り机に向かっていた。

 「ここはもっとふさふさで」「ここはもっと鋭く」などと、ぶつぶつ呟きながら、鉛筆を走らせる彼——丘一平。その歪な輪郭に象られた内を、黒々と塗りつぶして、「よし」と一平は頷いた。

 

 ——影喰(シャドーウルフ)。

 陰影のない絵の下にはそう添えられていた。


 一平は両手でノートを持ち上げると、その絵を見てぐっと口角を上げた。そして、大事そうに引き出しへしまうと、彼は明かりを消してベッドに入った。

 暫く「むふふ」と笑い声がしていたが、次には荒い寝息が暗い部屋に立つと、一平は眠りについていた。


 

 ——真紅の月の昇る夜。

 城壁前には銀の鎧姿の兵たちが死守せんと立ち並ぶ。相対するは、おびただしい数の魔獣(モンスター)。

 両者睨み合う中、月の輝きに呼応して、魔獣たちが雄叫びを上げた。そして——、


 「いくぞおおっ!!」


 それが決戦開始の合図となった。

 平野部に響く怒号。舞い上がる砂埃。剣と牙が火花を散らす。

 あちこちで鮮血が飛び散る中、城壁上からは矢や火の玉が放たれる。

 

 兵士たちは勇ましく斬りかかるが、魔獣の前にて甲冑ごと噛み砕かれ——、それでもしぶとく喉元を突き刺すものの、そこにて力尽きる。

 刃に斬られ、火に燃えて、魔獣たちも次々に命を落としつつ、しかし、次第に肉壁を侵食し、一歩また一歩と城壁へ爪がかかろうとしていた。

 

 生焼けた肉と鉄の臭いが熱と共に渦巻いて、揺れる陽炎の向こうは絶望が迫る——。


 「まだだっ!」


 そんな凄惨の内に、麗しくも力強い声がこだました。

 その主は魔獣へと突っ込むと、他兵の屍を越えて、踊る様に剣を振るう。その演舞に従って紅い花が咲き乱れる。生存兵もそれに続いて折れた膝を伸ばした。そして、その先陣にて彼女はさらに突き進む。

 圧されていた状況を覆すように——はいかなかった。


 キラリ月光に輝いたのは、彼女の剣。その折れた刃はカランと軽い音を立てて地に落ちた。

 眼前に振りかざされた巨躯のゴブリンの棍棒を認めて、彼女は目を瞑った。

 

 「ここまでか‥‥」


 彼女が辞世を吐いたその時だった——。

 ドスンとゴブリンが地に伏した。そして、それはそのゴブリンだけではなかった。数多の魔獣たちが一斉に、断末魔もなくその場へ倒れ込んだ。

 彼女が目を開いたときには、既に前は死骸で埋め尽くされていた。


 「これは——」

 「アオーーン」


 正に影。夜に紛れる程、黒々とした毛並みの狼が、戦場の真ん中に二足で立っていた。その睨む先は、魔獣たち。

 そこからは一瞬だった。


 風の吹き抜ければ、魔獣は皆倒れていった。叫び威嚇しようと、虚空へ噛み付こうと、血の流れぬままに命が消えた。


 月の沈む前に、魔獣は全滅していた。

 兵士たちはその光景を唖然と見ていた。

 朝日の昇ってようやく、兵士たちは勝鬨を上げた。

 

 死骸の下にある地を裂いた痕だけが、黒い狼がいたことを残していた。



 静かな昼に、一平は目を覚ました。リビングに降りても、両親は仕事に出て誰もいなかった。

 眠気眼のままに、食パン一切れの昼食までを済ませて、一平はまた自室へ戻った。

 そして、どこか高揚した面持ちで引き出しからノートを取り出し開くと——、彼はそのままに口角を上げた。

 黒い狼——影喰。

 昨晩描いたその絵を、一平は満足げに眺めた。そして、思い切り息を吸い込むまま、少しの間目を閉じる。鼻から不気味な笑い声を漏らして夢想から戻ると、彼はノートを引き出しへしまった。

 次に手を伸ばしたのはゲームの電源。

 カチャカチャとコントローラーの音を響かせて、一平は夕時までゲームに耽った。

 狼の爪の先に、僅か土色が付いたのを気付かぬままに。


 


 


 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

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