きんべえさん

こうもりじいちゃんが原稿用紙に書いたエッセイ 令和7年4月


私たちが結婚して、住居地を決めたのは「瀬戸」でした。「瀬戸」を辞書で調べてみると「瀬」は水の流れの速い場所で、「戸」はその出入口を指しています。なるほどA地区の瀬戸は石灰岩地の中央を流れているK川が「呼び岩貫通路」でその北部の青景ポリエ(盆地)、嘉万ポリエ、別府ポリエの水系の合流で、そこから急に水量が増え、瀬戸ポリエに流れ出ます。

 瀬戸ポリエの山際(龍護峰の南部)の急斜面下の山裾はやや低い盛り上がり地になっており、ここには弥生時代中、後期の「竪穴住居群」がありました。私が新居に選んだのはこの瀬戸の盛り上がり地で、水田地域を下に見渡せました。この盛り上がり地に竪穴式住居を建てた弥生人こそ、水量の豊かな水域で、広大な稲作の適地を開拓することに取り組んだ人々だったに違いありません。しかし、稲作は天候の恵みを必要とします。これは水神さんの恵みにおすがりする以外に方法はありません。


 弥生人の竪穴住居群の近くに「きんべえさん」と呼ばれている聖地があります。名前の通り石の鳥居があり、その周囲をイチョウの木で囲んでいます。鳥居の正面には石の「記念碑」があり。その側には日本のイチョウが天空に向かって伸びています。ここはその昔、地元の人々が祭った水神様で「きんべえさま」と呼ばれてきました。明治維新の神社改革で、隣の「A八幡宮」に統合され、「きんべえさま」は消えてゆきました。しかし、地元の人々は、夏になると、昼間にはA八幡宮から神主をお迎えしてお祭りをします。夜には名物の「大相撲大会」が開かれます。この相撲は男も女も力士になれるので、大変にぎやかです。特に女力士が出ると、観客はヤンヤの応援コールが湧きあがりました。力士は勝っても負けてもすばらしい商品が貰えました。誰でも生涯忘れられない楽しい思い出ができました。我が家の娘・息子たちもがんばりましたよ。


〇イチョウの古木

 「きんべえさん」の聖域で心に残るものは大イチョウの木です。イチョウの樹形はまっすぐに、天に向かって伸びることで、時には30メートルに達することもあるそうです。「きんべえさん」のイチョウでも、冬には周囲の樹林層からひときわ突出しており、遠方からでも抜群の高さを確認することができます。イチョウは、日本でも、その昔、生育していました。美祢市の大嶺炭鉱や山陽町などから化石が見つかり、元大嶺高校の内藤源太郎先生の研究で中生代の三畳紀の地層から六属十種、ジュラ紀の地層からも三属四種ものイチョウが同定されました。しかし、新世代の地層からのイチョウは発見されていません。きっと絶滅したのでしょう。ところが中国大陸からは、奥地で現在もイチョウの木が生存していることが確認され、日本へも移植されてきました。

 春になると、イチョウの裸木に葉が芽吹きます。イチョウは雌雄異株で、初秋には雌木に銀杏が結実、完熟すると自然落下します。地域の人々は、神様からの贈り物として、銀杏拾いに夢中になります。

 またイチョウの黄葉もみごとです。秋の初めの頃は緑色の色彩を残して落葉しますが、本格的な落葉の季節になると、深い黄色。やがて終り頃になると見事な黄金色に変わり、見る人の心が深い感動で乱れるようです。地面にできた黄金色の絨毯に心を奪われる人も多いようです。


〇水仙の花

 やがて季節は冬を迎えます。イチョウの古木の根元に深緑のスイセンが取り巻いています。霜の朝には、茎に筋金が入ったようにきりっと直立姿勢を保った花は笑顔を失っていません。雪を楽しむ姿も美しいものです。どんな寒さにも負ける気配はなく、花弁は含み笑顔を感じさせます。なかなかの生命力のあるすばらしい草花です。いつの間にか人々は、日本の花の代表と認定し、華道や茶道での主役の花の地位を獲得しました。


〇神・人・自然

 三月の下旬になると、秋吉台は霧の季節を迎えます。夜明け前の「水郷」も濃い霧に覆われ、満月の光を受けてイチョウや水仙花も神秘的な月光色(ムーンライトブルー)に浸っています。

 夜明けが近づくと霧は移動を始め、人の心がイチョウの大木や水仙の花からにじみ出てくる魂の絡み合い、弱い塊を創り出し、上へ上へと昇ってゆきます。霧の塊は、カルスト台地の丘をさらに昇り最後には見事な舞を披露しながら天井高く昇っていきました。

 弥生時代から今日までの長い歴史を思い出し、地域の発展を喜び合っているように見えました。もちろん神様は人だけでなく草や木、虫・魚・タヌキといった自然を構成する命も支えてきたのです。







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こうもりじいちゃんが原稿用紙に書いたエッセイ集  さとちゃんペッ! @aikohohoho

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