第12話狂熱

「おとしゃん、わらってる?」


河原に着くなり、心愛が陽大に尋ねた。


いつもとどこが違うのか、陽大にはわからないが

心愛は変化を感じたのかもしれない。


「笑ってるかもな」


たったそれだけの会話が2人に安らぎを与える。

心愛も陽大も幸せそうに笑った。


「こうやってね、ぼうをこうやってぇ」


ドシャえもんごっこを再現する心愛は、


ド~シャえもん~♪ド~シャえもん~♪


と歌いながら落ちていた小枝を拾い、バンバンと川面を叩く。


これのなにが面白いんだ?

子どもってよくわからねぇ。


そう呟く陽大だが、川面を楽しそうに叩く心愛を見る目は、

愛しい我が子を見るものだった。


キョロキョロと周囲を見回した陽大は、

心愛が持っているものより太くかたい木の枝を拾う。


「おとしゃんも、ドシャえもんやる?」

「面白いんだろ?」

「うん!」


陽大と一緒に遊んだことがなかった心愛は、

喜びのあまりに跳びはねる。


心愛は足元の石ころを踏んだのだろう。

大きくバランスを崩し、川に落ちそうになった。


「心愛!」


陽大は慌てて心愛を支えたので、川に落ちずに済む。


「足、痛くないか?」


ほっとした陽大が心愛に尋ねた瞬間、身体に衝撃が走った。


「おとしゃっ……!」


望海がものすごい勢いで陽大を突き飛ばしたのだ。

突然の出来事に心愛は驚き、声も出ない。


バランスを崩した陽大も、

なにが起こったのかもわからないまま川に落ちた。


どぼん!


ああ、こういう時は「たぷん」じゃなくて

「どぼん」って音がするんだ。


状況にそぐわないことを考えながら、

望海は陽大が持っていた棒を拾い振り上げた。


「自分の子を川に突き落とそうとするなんて!最低!」


躊躇なく棒を陽大めがけて振り下ろす。

それは立ち上がろうとしていた陽大の右まぶたに当たった。


「あっ!」


目を抑えかがみこむ陽大に、

容赦なく望海は腹めがけて棒を突き出す。


「うぐっ!」


苦しそうに川の中にしゃがみ込む陽大。

心愛は大声で泣いている。


「心愛ちゃん、もう大丈夫。もう大丈夫だからね」


心愛へ慈母のような笑顔を向け、

望海は目の前の害悪と向き合う。


怒りって人をこんなにも激しく突き動かすものなのね。

幸の時から薄々はそういうものかなと思っていたけど。


アパートですれ違うたびに見下ろされ威圧感を感じていたのに、

川の中でうずくまる堀池陽大からは、全くそれが感じられない。


自分が見下ろす位置になったことで、

堀池陽大は幸と同様に排除しなければいけない、

汚いものだと望海には感じられた。


汚いものは排除しなくちゃ。

特に影響を受けやすい小さな子には見せてはいけないわ。


心愛ちゃんには私がこれから



を与えるの。


きれいに髪の毛も整えてあげてね。

かわいらしい洋服も着せてあげるの。

小さな指先も1本1本清潔にしてあげなきゃ。

私が正しい愛情を心愛ちゃんに与えるのよ!


棒を持つ望海の手に力が入る。


「土左衛門!土左衛門!土左衛門!!!」


陽大が起き上がろうとするたび、

望海は容赦なく棒を振り下ろした。


「おばちゃん!」

「なあに?」


笑みを浮かべ振り向く望海に心愛が飛びついた。


「おとしゃんをいじめないでぇぇ!」


可哀そうに。

まともに育てられなかったせいね。

善悪の判断がつかないんだわ。

でも大丈夫。

小さいから、私が正しさを教えてあげる。

私が理想の子どもに育て直すわ。


「心愛ちゃん、ママ、今お掃除中なのよ」


そう言って優しく心愛を引き剥がそうとしたのだが。

心愛はぴったりと張り付き、離れようとしない。


子どもが必死になる姿ってかわいいわね。

でも、大人のいうことはちゃんと聞かないと。


だんだんとイライラしてきた望海は腕に力を込めた。


「いいから放しなさい!」


引き剥がされ尻もちをついた心愛は、

望海の怒鳴り声にビクッとした。

顔に恐怖がはりついている。


「あ、違うの。ママはね心愛ちゃんのこと……」

「おばちゃんはままじゃない!」


心愛は再び望海に飛びついた。

その瞬間、2人はバランスを崩し川へ落ちた。


「心愛!」


なんとか立ち上がった陽大が悲鳴に近い声をあげる。

すぐにでも助けたいのに、

望海から殴られ体中が痛み、素早く動けない。

水の中なので、動きはさらにのろくなる。


ようやく近づいたのだが、望海が立ち会がある方が一歩早かった。


「土左衛門!」


棒を突き出され仰向けに倒れる陽大。

しかし、その時、川でもがく心愛を

必死の思いで陽大は奪い返した。


「心愛!」

「おとしゃぁぁん!」


望海に背を向け岸に向かって逃げる陽大。

しかし、心愛を抱いているため歩みは遅い。

望海との距離はジリジリと縮まる。


「心愛ちゃんを返しなさい!」


その時だ。望海の耳に、


たぷん……


と曾祖母の声が聞こえたような気がした。


「え?」


望海ちゃん、自分勝手はダメだよ……

川田さん、思い込みはダメ……


「大きいおばあちゃん?市川さん?」


30年以上前に亡くなったはずの曾祖母と

いるはずのない市川が、望海を囲むように立っている。


おかしいわ……だってここ、川の中なのに。


陽大への憎悪で突き動かされていた望海の心は一瞬で冷え固まる。


望海ちゃん、なんであの時、私を井戸に落としたんだい?

私はあなたみたいに夫を殺さないわ……殺されたのはわ・た・し。


望海ちゃん

川田さん


「やめっ!」


何者かに引きずり込まれるように、望海は足を滑らせた。


ゴボッ。


川の水が口に入り、望海の意識が遠のく。


心愛ちゃん…

本当は私が産むはずだった……

私の赤ち……


・・・・・・


「心愛ちゃん!おはよー!」

「おはよう」


重いランドセルをカタカタさせながら、

走ってくる友達に心愛はニコリと笑う。


並んで歩きながら推しや気になる子の話で盛り上がった。


「ねえ……」


突然、友達が黙り込む。


「?」


不思議そうな顔で心愛が友達の顔を覗き込む。

だが、なかなか口は動かない。


しびれを切らした心愛が、学校へ歩き出そうとした時。


「ねえ、ドシャえもんって知ってる?」

「……」


心愛の目がスッと細くなり、

その目に異様な光が灯った。

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