第11話真相

「あんた何者だい?」


アパート前をうろつく知らない男に大家は声をかけた。


へへへと嫌な笑い方をする男から、

堅気な印象は感じられない。


疑わしそうに見つめる大家に対して、

男は週刊誌の記者と名乗った。


それを聞いた途端、大家はキッと睨みつける。


「うちの住人になんの用さ!」


そんなに怒らないでくださいよう奥さん、

となれなれしく声をかけてくる男に、


あんたに奥さんなんて呼ばれる筋合いはないよ!

目的はなんだい!


と大家は怒鳴りつけた。


「困ったなぁ……」


しばらくの間、

ぽりぽりと鼻の横をかく男に対し、

大家は警戒心を解かない。


「奥さんは……」

「大家だよっ!」

「大家さんは、川田望海さんのご主人を知ってますか?」

「え?」


思いがけない質問に戸惑う大家。


記者はその様子を満足そうに見ながら、

望海が以前住んでいたマンションの風呂場で、

夫である幸の死体が見つかったと話す。


望海を重要参考人として警察は追っているそうだ。


「いえね、もうすぐ警察も来ますよ、その前に……」


大家の口を割らせようと記者が下卑た笑いを浮かべる。

それに気づいた大家はクルリと後ろを向き、

スタスタと自宅の方に歩いていった。


「ちょっ、大家さぁぁん!」

「警察が来るなら、その時話すよ!」


記者の目の前でドアをぴしゃり!

と勢いよく閉めたが、大家の顔は青い。


最初からちょっと訳アリだとは思ったが……

まさか、自分の亭主を殺したとは……


ため息をつきながら、

大家はこのアパートを建てた自分の夫に思いを馳せた。


アパートは大家の夫が、

世間に受け入れられにくい人のために建てたものだった。


訳アリで、どこからも受け入れられない人間を、

率先して入居させるアパートとして建てたのだ。


そういう噂は、自然と伝わるようで、

更生したくてもできない、

やさぐれた人間が集まって来る。


住人に対して、大家と夫はきちんと向き合った。


生きる気力をつなげられるよう、

つかず離れずで、

そっと手を貸す。


全ての住人が立ち直るということはなかったが、

大家夫婦と出会ったことで、

人生を歩み直した住人もおり、

そういった者とは今でも交流がある。


立ち直り、前向きに生きようとする人間の顔が、大家は好きだった。


最近の清潔で、どこもかしこもピタッとハマった世の中を

大家は面白いと思わなかった。


でこぼことした、はみ出してしまう人間が愛おしかった。


アパートを、その受け皿として必死に守ってきたのは、

もっと幅広い、面白い世界を見ていたかったからだ。


はみ出したって、一生懸命生きればいいじゃないか!


はみ出た人間が行き場のない世の中なんて寂しすぎる、

と大家の夫は常に言っていたし、大家もそう思っている。


誰かが手を差し伸べれば、

自分で生きて行こうって気持ちが生まれるのが人間。


お役所の福祉なんて待っていたら、

零れ落ちる人間が出てきてしまう。


お役所は万能じゃないんだ。

私らだってできることをして、

強く生きて行かなきゃいけない。


このアパートは、

衣食住の「住」を提供できる存在であり続けたいんだよ。


住めるところは用意してやるから後は自分の力でなんとかしろ。


夫の口癖だったねぇ……と大家は力なくため息をついた。


いつもの気の強そうな表情は消え、年相応の老婆に見える。


私は、あの人の気持ちを守りたかった。

だから、どんなに訳ありそうな入居者でも

断らないようにしていたんだけど。


大家は、入居させて終わりなんてことはしなかった。

ちょうどいい塩梅のところで声をかけるのだ。


陽大に、心愛のことで声をかけたように。


世間は堀池親子のことを誤解していたようだけれど、

あの親子はしっかりと愛情で結ばれている、

そのことを大家はわかっていた。


あの父親は損ばかりして生きてきたんだろうよ。

周りの大人は理由も聞かずに怒鳴りつけただろう。

親もそうだったに違いない。


他人様と違い、殴ることを躾だと言い張る親だった可能性もある。

きっと愛情も注がれなかっただろう。


可愛がり方や社会のルールを知らずにデカくなったのだと、

あの堀池という男からは伝わってくる。


だから、可愛い娘への接し方がわからずとも仕方がなかろう。


子どものうちに親じゃなくても、

誰か大人が声をかけてあげられれば、

誤解されるような人生を歩んで来なかっただろうに。

学校もろくに行けてないだろうから、

社会の仕組みもわかっちゃいないはずだ。


これからは、私が役所への相談の仕方も教えてやろう。

自分で生きて行く気力が出やすいよう、

さりげなく力を貸してやるんだ。


世の中の理不尽に負けないように。


夫亡きあと、アパートを守ってきた大家は、

川田望海へも適度な距離で気を配っていたつもりだった。


夫から逃れてきた空気をまとい、大家の元に現れた川田望海。


訳アリだと思っていたが、まさか殺人を起こしているとは。

どちらかといえばDVから逃げているタイプだと思っていたよ。

市川さんみたいに。


市川さんの時とはまた違う辛さだね、今回は……。


そう思った時、インターホンがうるさく鳴り出した。


ピンポーン!ピンポーン!

大家さぁぁん!開けてくださいようぅぅ!


世間からこぼれた人間を食い物にする奴は、

本当にしつこいんだから!


記者の粘着質な呼び出しのおかげで大家は、

いつもの威勢を取り戻した。


ものすごい勢いでドアを開けたため、

その勢いに気圧され、記者は尻もちをついた。


「おや、ごめんよ」


そういうと大家は太い腕で、記者の腕をグイと掴んだ。

勢いよく立ち上がった記者は思わずよろける。


「大家さん、すごい力ですね」


老女とは思えないパワーに圧倒されかけた記者は、

本来の目的を忘れかけそうになり慌てる。


「あのですね、川田さんにお話を伺えないなら、市川さんに……」

「市川?」

「しらばっくれないでくださいよう、ほら、2階の」

「人をからかうのもいい加減にしな!」


川田望海に対する怒りとは違ったものを感じ、

首をかしげる記者。


顔色を変え憤る大家はどこか怯えたように見える。

嘘をついている様子もない。


それでも記者はもう一度、

2階に住んでいる市川へインタビューしたいと粘る。


望海が、2階に向かって市川さ~んと呼びかけ、

その後話をしていたのを見たことがあるのだ。


それを話すと、大家は気味悪そうに1階にしか住人はいないと言う。


「あんた、市川さんの顔を見たことがあるのかい?」


大家が太い腕をさすりながらそう質問をした時、

記者は市川の姿を見ていないことに気づいた。


「このアパートには川田さんと堀池さんしか住んでないよ」


安くても古いからって最近は借り手がいないと言う大家に、

でも、川田さんは市川さんと話している風だったと記者は食い下がる。


姿が見えなかったのは、

たまたまだ。

しらばっくれてるんでしょ?

ねえ!大家さん!


「市川さんはね、少し前に住んでいた人だよ……」


辛そうな表情を浮かべながら、大家は記者に語り出す。


「旦那のDVが酷くてねえ……」


そこまで言ったところで口をつぐむ。

ごくりと喉を鳴らし、大家が口を開くのを待つ記者。


「ある日、階段から落ちてね。私が見つけた時には額から血を流して……」


大家はそっと階段を指さす。

そこは、望海が市川の額の傷を初めて見た場所だった。


そういえばいつも川田さんは声をかけるたび、

まるで誰かがいるように振り向いていたね。


思い詰めた表情をしているもんだから、

会うたびに声をかけていたけど。


会うたびに誰かと話していたようなそぶりだったのは、

少し変わっているだけだと思っていただけだと……。


「ゆ……幽霊?」


記者と大家は青ざめた顔で見つめ合った。

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