第4話錯綜

伽羅がいなければ、心愛は家に1人きりになる……


陽大は昼の仕事を辞め、

深夜の工事現場にできるだけ顔を出し、食いつないだ。


心愛は俺が守らなくてはいけない。


陽大が喋らないせいか、心愛も無口だった。

たまに会う大家が心愛に色々と気遣ってくれる。


ありがたいと思っていたある日、陽大はショックを受けた。

ヤクショカラキタヒトというのを連れて大家が訪ねてきたからだ。


物を与えるふりをして俺達親子を見張っていた?

心愛をニュージインに預けるとか。

シュウローシエンとか。

難しいことばかり言いやがる。


自分は嫌われている


と思い込んでいる陽大の心は頑なだ。

救いの手かどうか判断さえままならない。


「か、帰れ!」


そう言って一歩踏み出した瞬間、

ヤクショカラキタヒトは青い顔で、

ぺたんと尻もちをついた。


なにもしてないのに?


きょとんとしている陽大にクルリと背を向け、

足早に去っていくヤクショカラキタヒト。


大家が、


人の親切を!


と少し離れた場所から叫んび、慌ててその後を追う。

大家の背中から、なぜか恐怖が滲みでていた。


俺より頭の良さそうな人達なのに……。


話をしながらビクビクし、

顔色を窺うようにチラチラ見てくる、

相手の様子が陽大には不思議だった。


俺のことが怖いのか?

どこが怖いんだ?

なにもしていないのに……


その後も、ヤクショカラキタヒトは何度か訪ねてきた。

病院とか施設とか陽大には理解できないことをドアの前で話していく。

居留守を続けたが、あまりの五月蠅さに心愛とその街をこっそりと離れた。


今のアパートは住人が少なく、挨拶をしなくて済むのがいい。

この一点が陽大の気持ちをどんなに軽くしてくれたことか。

大家は男みたいなチリチリパーマの体格の良い婆さんだが、

妙な詮索をしないの点を、陽大は気に入っていた。


会った時も、


「しゃんと働くんだよ!」


とは言うが、それ以上はなにも言わない。


好意も悪意もなく接する大家の存在は心地よかった。


引っ越ししてから数年、

心愛も大きくなったので、

昼間の仕事も再開した。


心愛だけの留守番は心配だったが、

大家のある一言が昼間の仕事を再開するきっかけとなったのだ。


「あ、あの……ここっ……昼っ」


今のアパートは大家の家の敷地の中に建てられていた。

昼間は大家が敷地のあちこちにある植木を世話して回っている。


昼の仕事で自分がいない間、心愛を見て欲しい


そう、大家にお願いできるのではと思ったのだ。


だが、その言葉は簡単には出てこなかった。

絶望を抱え陽大は口をつぐみ、うつむく。


俺には伝えることができない。


あきらめて帰ろうとした陽大に、

大家が素っ気ない返事をしたのだ。


「いいよ」

「?」


草をむしりながら大家が話し出す。


「昼間働きたいんだろ?」


ようやく陽大の方を向く大家に慌てて頷き返す。


「娘を見守るくらい、なんでもないさ」


それだけ言うと大家は草むしりに戻る。

広い背中を見ているうちに鼻の奥がツンとする。

黙ったまま、陽大は頭を下げた。


心愛は可愛い。

笑っているのも泣いているのも可愛い。

俺が心愛を好きなことをあの子はわかっている。

いつも俺の後をついてくる姿が愛おしい。


外出が仕事ではなくパチンコだとわかると

心愛は近くの河原で陽大が来るまで、

じっと待っていてくれる。


陽大が「こ……あ!」と声を発すると、すぐに飛んでくる。

きちんと名前を言えなくても、

心愛には陽大が呼んでいることがわかるのだ。


でも、たまにわけのわからない癇癪を起すことがある。

意味を確認したいと思うのに、陽大は心愛を殴ってしまう。


車に轢かれそうになった時は、

心愛がいなくなってしまう恐怖が先走り、

頭を殴ってしまった。


俺はわからなくなると手が出てしまう……


心愛が可哀想だと思う。

酷い親だと思う。

でも止められない。

俺も殴られて育ったから。


この前、勇気を出して、心愛に向かって笑ってみた。

すると、心愛は、


「おとしゃん、こまってる。ヨシヨシ」


と言いながら陽大をなでたのだ。

笑った顔が困ったように見えたらしい。


「違ぇーよ!」


気づくと陽大は心愛を殴っていた。

ぎゃーと泣き叫ぶ心愛。

金属音のような泣き声が耳に突き刺さり、陽大は耳を塞ぐ。


どうすれば俺は笑えるのだろう。

どうすれば俺は心愛を乱暴に扱わなくなるのだろう。

とても大切な存在なのに。

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