第3話嫌悪②

18の年まで陽大は、年齢も住所も問われない

日雇いの現金支給の仕事で食いつなぐ。


背が高い陽大は大人びて見えたため、

疑われることもなく雇ってもらえたのだ。


安いアパートも見つけ1人暮らしを始めた。

なんとかひとりで暮らしていける……

そう思い始めたある日のことだった。


「今日、泊めてくれない?」


そう言って女がすり寄ってきた。


ピンクのツインテール

白い肌

ポッテリとした唇


伽羅きゃらと名乗る女が陽大のアパートに転がり込んできた。

小さくてやわらかい、陽大とは違う生き物……。


「陽大は大きくて頼もしい」


伽羅は体をぎゅっと陽大に押し付けて囁いてくる。

その年の冬は今まで感じたことがないほど暖かかった。


心の底から感じる愛おしさ……

伽羅のおかげで初めて知ることができた感情だ。

自分の心にも優しい気持ちがあるとわかってうれしくなった。


「無口でクールな陽大が好き」


伽羅にそう言われ、陽大はデレた。


子どもの頃から表情がないと言われ続けた陽大だったが、

それが伽羅にはクールと映ったようだ。


伽羅に言葉が出ないことを知られたくなくて、

喋らないようにしていただけのに。


伽羅はそれを「無口でクール」ととったのだ。

黙っていることを初めて肯定されようで嬉しかった。


「そ……かな」

「ふふふ。その話し方、好き」


すごく幸せだった。

初めて全てを受け入れてくれる人と出会った。

幸せとはこういうものか、そう思った陽大だったが。


しばらくして様子が変わってしまった。

伽羅が妊娠したのだ。


「なんで!なんで伽羅に赤ちゃんができちゃうのよ!」

「だ、だって、お……俺達、ふ……ふう、ふうふ、だし」


焦る陽大は思いを上手く伝えられず焦る。


「ただ一緒に住んでるだけじゃん!」


それを聞いた瞬間、陽大の喉がひゅっと詰まった。


「伽羅、赤ちゃん欲しくないもん!」


伽羅は腹が膨らむにつれ、悪態が酷くなった。


「こっち見んな!バカ!睨むな!」


伽羅のことが好きなだけなのに。

ただ見たいだけなのに。


睨んでくると伽羅は陽大を責める。


「に……にら」

「ちゃんと喋れよ!」


興奮した伽羅が暴れ、窓が割れた。

大家さんの通報で警官が駆けつけ、

伽羅と陽大をすばやく見る。

その後、陽大に視線を定め、こう言った。


「もうすぐ父親になるんでしょ?奥さん大事にしなきゃ」


陽大がやったと思っているのだ。

カッと頬が熱くなる。

理解されない怒りで喉が締め付けられ声が出ない。


「……」


伽羅は泣いている風を装い警官にしなだれかかり、

チラリと挑発的な視線を陽大に向けた。

その様子にカッと頭に血が上る陽大。


違う!俺じゃない!

伽羅、なにやってんだよ!


気が付くと陽大は伽羅の腕をつかみ、

警官から引きはがそうとしていた。

これみよがしに泣きわめく伽羅。


「この男!乱暴なんです!助けてお巡りさん!」

「落ち着け!奥さん、お腹が大きいじゃないか!」


警官にすごまれ手を放し、陽大は黙って頭を下げた。

それしかできないと理解したのだ。


本当のことを伝えられない自分が歯がゆい。


理解されないという事実が、

陽大からますます表情を奪っていった。


しかし、いくら騒ぎを起こしても来るものは来る。

産み月に入り、伽羅は女の子を産んだ。

妊娠中の荒れっぷりが嘘のように可愛がる様子を見て陽大は安堵した。


「小っちゃぁぁい。可愛いぃ。心愛ここあちゃん、可愛いぃ」


陽大も可愛いと思った。

こんなにもか弱くて小さな生き物がいるのか。

小さな指が体がモゾモゾと動く。

ふぇぇんと小さな声で泣くのも可愛い。


触りたい……


自然と手が伸びる陽大。

すると、伽羅がものすごい剣幕で怒り出した。


「触るな!目が怖いんだよ!不気味なんだよ!」


唯一、俺を認めてくれていると思っていたのに。

伽羅も向こう側の人間だとわかりがっかりした。

それでも心愛を可愛がる伽羅の姿は神々しかった。


母親ってすげぇな。


自分は怒鳴られても無視されても心愛が幸せならいい。

心愛を愛おしそうに抱く伽羅の姿に陽大は安らぎを覚えた。


だから、伽羅からの理不尽な罵りも

黙って耐えるつもりだった陽大なのだが。


しばらくすると、伽羅の心愛への関心は薄れ始めた。


あんなにも溺愛していたのに……


心愛が夜泣きをするとぷいっと家から出ていく。

そうして暫く帰ってこない。

その間、心愛の面倒は陽大が見る。


あんなに陽大が心愛に触るのを嫌がっていたのに。

腕の中の心愛が力強く哺乳瓶に吸い付く姿に陽大は思わず見とれる。

ふとした瞬間心愛と目が合う。

心愛が陽大に向かってほほ笑んだように見えた。


このか弱い生き物を守れるのは俺1人……。


そう思うと伽羅がいないことも大したことがないように思える。

伽羅という監視がいない間、陽大は心愛と十分に触れ合った。

おむつ替えも沐浴も苦にならない。


しかし、駅前で伽羅が男といたのを目撃すると、

陽大の心に冷たいものが広がっていく。

吃りながらも問い詰める陽大。


伽羅はしれっと「兄さんだ」と言う。

青い髪で唇にピアスの男と

伽羅は体を寄せ合い、楽しそうに喋っていた。


男がなにか言うたびに、

伽羅は媚びたようにしなだれかかり笑う。

年も同じくらいに見える。

本当に兄さんか?


「年子なのよ!」


兄妹で、ブルーとピンクの頭か。

伽羅ならそれもありかな、と思うが……。


でも、顔があまり似ておらず、

兄妹という割には距離が近すぎる気がして、

陽大は漠然とした不安を抱く。


それが顔に出たのを感じたのだろう。

伽羅が癇癪を起した。

エアコンのリモコンを投げようとしたのだ。

陽大が慌ててそれを奪い取った。


心愛にぶつかったらどうする気だ!


無言で伽羅を見つめる。

心愛の安全を考えただけなのに。

その行動は伽羅を更に逆上させた。


「……。不気味なんだよ!アニキだっつってんだから信じろよ!」


それだけ言うと、伽羅はぷいっと外に出ていった。

それ以降、伽羅を見ていない。

兄さんという男も消えてしまった。


アパートには陽大と心愛だけが、残った。

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