第2話嫌悪①

常に加害者扱いする学校を、陽大はるとは嫌いだった。


緊張すると喉がキュっとなり、

陽大は声が出なくなる。


そんな陽大を同級生は「こ……こっ!」と真似をするのだ。

それを見た他の子達が、流行りの芸人の爆笑ネタを見たときのようにどっと笑う。


最初は無視をする。

自分は笑われる対象ではないし、

同級生の物まねは全く似ていないと思うからだ。


俺、こんなんじゃねーもん、お前ら全員バカ……。


プイと横を向いて窓の外を眺めて気づかないふりをしていると、

物まねをしているやつが近づいてきた。


無反応な陽大が面白くないのだ。

同級生は完璧に真似ていると思っているのだ。

周りの笑っているやつらは、やつの芸ではなく、

バカっぷりを笑っているだけなのに。


そう思う陽大だが、物まねがウケていると思い込んでいるやつに、

教えてやりたいと思っているのに理由があった。


陽大はスムーズに言葉を口に出すことができないのだ。

心の中ではきちんと言葉にできるのに。


伝えたい言葉は、陽大の心の中に浮かんだと思うと消えてしまう。

この事実に陽大は絶望し、日々無言を貫いている。


この地獄が早く終われ


そう願い無言を貫く陽大を、クラスのみんなはノリの悪いやつだとしか思わない。

物まねをしている同級生をけしかけ、

陽大の前でしつこいくらいに「こ……こっ!」とさせるのだ。


それでも陽大は我慢した。

しかし今回は、あまりにしつこい。

うんざりした気持ちから、この場を離れようと立ち上がったその時。


「あっ!」


誰かの叫び声が聞こえた。

物まねをしていたやつがバランスを崩して倒れたのだ。


ガタガタガシャーン!


そいつは陽大の前の席に突っ込んだ。

陽大はクラスで一番背が高く力も強い。

少しの行動で近くにいた子が突き飛ばされたように転ぶことがたまにあった。


陽大は害を加えようと動いたわけではないので黙っているのだが、

転んだ同級生が大きな声で泣き、必ず陽大が叱られる。


今回も自分が叱られて終わりだろう……


そう思っていたのに。


「ぎゃっ!」


倒れた同級生は短い叫び声をあげ、頭を押さえたまま動かない。

痛い痛いと泣き出すまでに少しの間があった。

おせっかいな女子が「大丈夫?」と近寄ると……


「キャー!!!」


その声に反応し、無関係なやつらも集まってきた。

いつもと違う様子に陽大は、その場に固まる。

動揺して動けないだけなのに、それを仁王立ちしていると勘違いし、

後から集まった同級生がじりっ距離を取り始めた。


怪我してる!

せんせいぃぃ!


最初に近寄った女子が甲高い声が響き、陽大は耳を塞ぐ。

女子の甲高い声は陽大の耳に障る。


そのうち、騒ぎを聞きつけた担任がやってきた。

頭を押さえて泣いている同級生を見て、ぎょっとする担任。


どうしたんだろう?


動けないまま陽大は、同級生と担任に視線をぎこちなく動かす。

その時始めて、床に血がたくさん飛び散っていることに、陽大は気づいた。


「お……お、おれ」


真っ赤な血が陽大の喉を強くしめつけてくる。


自分は椅子から立ち上がっただけ。

あいつが勝手に前の席に突っ込んで……。


真実を伝えようとするほど、陽大はうろたえ

「あ、あっ!」としか声がでない。


そうしているうちに、陽大君が突き飛ばしたんです!


という声がした。


あいつ、さっきまで遠くにいたじゃないか!

なにも見てないだろ!

後から来て勝手なこと言うなよ!


心の中では自由に出る言葉が、口までやってきてくれない。

焦れば焦るほど、陽大の喉は締め付けられる。


「ちがっ!ちがっ!」


焦れば焦るほど、

喋れない。

言葉が出ない。

真実が陽大から遠のいていく。


「ああ、血だよ、血!」


担任が陽大をにらみつけながら言った。


違うんです!

先生!

俺やってない!


心の中ではこんなにスラスラ話せるのに。


おろおろする陽大を無視して担任は「救急車!」と叫ぶ。

異変を感じた副担任が大きな足音を立て走っていく。

真実を告げられないまま、同級生は保健の先生に付き添われ、

救急車で運ばれていった。


放課後、担任は陽大の親を呼んだ。


向こうの親の方が到着してから数分後、陽大の母親が姿を現す。


その前に陽大は母親が来たことに誰よりも早く気づいていた。

プン、といい香りがしたことにいち早く気づいたからだ。


遠くからでもわかる母ちゃんの香り。

これは母ちゃんがいつもつけている香水だ。

他のどの母親よりもいい香りの母ちゃん。

怒ってるかな?

俺、本当になにもやってないんだよ。

俺、悪くないんだ。

あいつが勝手に転んで怪我をしたんだよ。

殴らないで……母ちゃん。


自分は悪くないと思っているのが、相手にも伝わったのだろうか。

病院から戻って来た同級生を抱きしめている親が、

陽大をギッとにらみつける。


陽大は黙ってその顔を見た。

本当は言葉で伝えたいが、声は……出ない。


「なによ。悪いことをして、にらみつけるなんて……恐ろしい」


ちょうどそこに陽大の母が現れた。

金髪巻き毛にタイトなワンピースを着た母を、陽大はうっとりと眺める。

どの親よりも美人だと陽大は思っているのだ。


にっこりと陽大に微笑みかける母。

担任と相手の親がウっと鼻を押さえたことに気づかない陽大は、

その笑顔を見て安堵のため息をつく。


良かった……殴られなかった。


担任からの説明を聞いた陽大の母は、

一言も発しないまま同級生に近寄り、

怪我をした頭部をジロジロ見た。


担任へ挨拶をする素振りは、いまだ、ない。

陽大の母親は斜め上を行く動きで、周囲の空気を一変させた。


「陽大が大きな怪我を負わせたって言うからあ」


担任と相手の親は驚きで、口を開けた状態で固まったままだ。


「なあんだ、血ぃ止まってるじゃん!」


ハハハと笑いながら同級生の頭をポスポス叩く陽大の母。

その様子に担任も相手の親も絶句。

陽大は口うるさい大人を黙らせた母親を崇拝の目で見つめる。


「ヒィィ!痛い!痛いよ!おばさん!」


という同級生の泣き声でハッとした向こうの親は、

陽大の母の手を慌てて払いのけた。


「なにするんですか!3針も縫う怪我をしたんですよ!」

「子ども同士の喧嘩だしぃ、それくらい縫うの普通くね?」


信じられない言葉に同級生の母親は言葉が出ない。


「大したことないかなって。ごめんねー」


ヘラヘラと笑いながら謝る陽大の母。


「てか、あーし、おばさんじゃないしぃ!」


同級生に顔を近づけ、


「あんたのママより10歳は下ですから!」


とケラケラと笑う。


向こうの親は非常識!謝れ!と激高するが、

陽大の母はビクともしない。


スゲー母ちゃん!


陽大はキラキラと輝きが増した目で、母親を見つめる。

キレた向こうの親はしばらく怒鳴っていたが、

だんだんと息が切れ始め、とうとう黙ってしまった。

罵倒の言葉が見つからなくなったらしい。


最後は担任になだめられ帰って行った。


「あーしも帰っていいっすか?」


相手もいないしぃ、

子ども同士の喧嘩だしぃ、

と陽大の母が立ち上がる。


ご家庭でも陽大君とよく話し合ってと担任が口を開いた瞬間、

母親が陽大をバックハグした。


「はいはーい。うちは仲良し家族ですからぁ」


ギュっと抱きしめ、陽大の頬をスリスリする。

その瞬間、香水のいい匂いが陽大の鼻をくすぐった。

長いまつ毛が頬に触れ、ぼうっとなる。


良かった……。

母ちゃんだけは俺をわかってくれている!


ホッとした陽大は、担任の声を無視して部屋を出ていく母親を慌てて追いかけた。


かっけー!

かっけーよ、母ちゃん!

信じてもらえた!

嬉しい!


ようやく追いついた陽大。


「か、あ……」


母の服を軽くつまみ呼びかけようとした瞬間だった。


「親に恥かかせるんじゃないよ!」


母親は振り向きざまに叫び、

陽大の頬を思い切りひっぱたいた。


なんであーしが、あんなババアに!

ののしられなきゃいけねぇんだよ!


そう叫びながら、金髪を振り乱し、

陽大を殴りつける母。

しゃがみ込む陽大を容赦なく蹴り始めた。


「シメるんならもっと上手くシメやがれ!トロいんだよ!」


その言葉に驚き陽大は顔を上げる。


母ちゃん、俺のこと信じてくれたんじゃなかったの?

かっけー母ちゃんは俺の味方じゃなかったの?


「反抗的な目で見るんじゃねー!なんか喋れっ!」


ガシっとピンヒールで地面についた陽大の手の甲を踏んだ。


「ぎゃっ!」


痛みで動けない陽大に、母親が吐き捨てるように言う。


「出勤前にメイクし直さなきゃなんねーじゃん」


痛みにもだえながら、陽大は母の気分がコロコロ変わることを思い出した。


笑っていると思うと怒り出す。


そうなると母の気持ちが収まるまで、

陽大は下を向いていなければならない。


目が合えば「反抗的」と言われるからだ。

機嫌がいい時は喋れない陽大を、


「大人しくてかわいい、陽大だいちゅきぃ」


とベタベタしてくるが、陽大が気を抜いた瞬間、

薄気味わるい、反抗したと殴ってくる。


生まれてからずっとそうだったのに。

俺はどうして忘れてしまう……んだろう。


口から流れる血を拭い、

ピンヒールの跡が付いた手の甲をさすりながら、

陽大は立ち上がった。


家に帰ると酔っぱらった父親が待ちかまえており、

陽大を殴りつける……。

これが陽大の日常だった。


次の日、登校した陽大を見た同級生達がぎょっとする。

陽大が来る前までは、昨日怪我をした同級生が話題の中心だったのに。


赤黒く腫れあがった陽大の顔は、

包帯を巻いた同級生よりもインパクトがあったのだ。


シーンと静まり返る。

教室の空気が凍り、誰も動かない。


「おいおい、どーしたー?みんな席につ……」


すぐ後から入って来た担任が、

みんなを座らせようとするが、

陽大を見た瞬間、ぎょっとした。


「陽大……病院に……」


そこまで言ったところで担任は陽大から視線を外す。

陽大が無言で拳を前に突き出して見せたからだ。

その拳にはピンヒールの跡がくっきりとついている。


担任の喉がごくりと鳴った。


「み、みんな!席につけ!」


担任はなにも見なかったように教壇へ向かう。

その瞬間、陽大は空気と化した。

同級生達も陽大の怪我に気がつかないふりをして席に着く。


陽大はノロノロと自分の席に座り、

そのまま机にパタンとつっぷす。


俺の存在ってなんなんだろうな。

昨日の怪我で全身がズキズキする。

頭を上げていられない。


その日、陽大は授業が終わるまで、ずっと顔を上げなかった。


中学でも陽大のことを理解してくれる先生はいなかった。

喋るとふざけていると言われるので、なにを言われても返事をしない。

すると今度は反抗的だと怒られる。


「ち、違っ……」


真実を伝えようとする陽大だが、言葉が出ない。

相手の怒った顔を見ると、喉がキュッとしまってしまうのだ。


「なんだ!その目は!」

「真剣に取り組めっ!」


元々大柄だった陽大の身長は中学入学時には180cm近く、

卒業時には190cmを少し超えるまでになった。


ほとんどの人間を見下ろす形になるせいだろうか。

黙っているだけで反抗的と言われることも増える。

そのため、周囲の評価は下がるばかり。


中学校の3年間、友人はひとりもできなかった。

誰もが陽大を避け、空気のように扱うからだ。


学校なんてくそくらえだ!


そう考えた陽大は高校に進学しなかった。


中学卒業式の夜、酔っぱらった陽大の父親が

ドロンとした目で陽大を見つめる。


父ちゃんは、いつも俺を殴る理由を探しているな。

少しでも目が合えば、理由をつけて殴ってくるし。


「ノロマ」

「生意気な顔しやがって」

「なに考えてるかわんねーやつだな!」


こんな言葉を浴びても母親は気にするそぶりを見せない。


陽大の怪我よりまつ毛やカールが大切なのだ。

殴られた陽大がメイク中にぶつかろうもんなら、

手に持っていたドライヤーで陽大の頭を殴りつける。


「邪魔すんじゃねーよ!」


頭を抱えうずくまる陽大を気にする様子もなく、母親はメイクを続ける。


これが陽大の15年間だ。


だから、卒業式の夜も同じように殴られる、と陽大は思った。

理由もわからずに陽大を殴る家族が、

学校よりも嫌いだったことに陽大は気づく。


明日からは学校がない……

父ちゃんと母ちゃんから1日中殴られ続けるのだろうか。

それなら少しでも痛くないようにしなきゃ。


そう考え、自分の頭を守ろうととっさに腕で防御したが、

父親は攻撃もせず、なぜかうずくまっていた。


「?」


急に母親の金切声が聞こえ、陽大は耳を塞ぐ。


「父さんになにすんだよ!」


驚いて2人を見ると、父親は鼻から血を流し、

見開いた目で陽大を凝視していた。


どうして鼻血を?驚きで固まっていると右ひじの痛みに気づく。

陽大が自分のひじを見ると赤いものがついていた。


腕で自分の頭を隠そうとした時、

父親の鼻が陽大のひじに当たったのだ。


そうか、だから父さんは鼻血を……。


「お、俺、そ……んな」


真っ青な顔で唇を震わせている父親を見て陽大の緊張が高まる。

上手く言葉が出ない。


「出ていけ!」と泣き喚く母親。


陽大の居場所がなくなった瞬間だった。


なにが正しくてなにが悪いのか判断が出来ないまま陽大は家を出る。


世の中、わからないことだらけだ。


だが、ただ一つ、みんなが俺を嫌いだということだけは理解した。

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