最终章 紙一葉の間に、温もりは長く
古町から帰った日、柚希はバスの中でもメモ帳を開き続け、現地で見た様子を細かく記録していた。南向きの窓の拡張範囲、子供コーナーの手すりの高さ、休憩コーナーの椅子の素材——柏木蒼が「地域の人に憩いを与えたい」と話した言葉を心に留め、一人ひとりが快適に過ごせるような提案をまとめるつもりだった。
家に入ると、ススケがすぐに足元に寄ってきて、ふにゃりと鳴く。柚希は猫を膝の上に乗せ、机に設計案とメモ帳を広げて作業を始めた。夜が深くなるまで、紙に書き込み、PCに打ち込み、重点的な部分には色付きのマーカーで線を引いた。柏木蒼が忙しいのを知っていたから、できるだけ分かりやすい形に整理したかったのだ。
完成した資料を送信すると、すぐに柏木蒼からの既読が返ってきた。彼はその時建築事務所で残業をしていたらしく、設計図と照らし合わせながら柚希の提案を一つ一つ確認し、間違いなく深夜まで作業を続けていた。翌日朝には、詳細な返信が届いていた「すごく細かくて参考になる。一階の本棚の高さと通路の幅、全部君の意見に従う。子供コーナーの軟質張りも、防汚で耐磨耗性のある素材にする」
その後数日間、二人はメッセージで設計の調整を続けた。柚希は休みの日に図書館で類似の配置を調べ、柏木蒼は現地で寸法を測り直し、互いに情報を共有し合った。急がず、確実に、一つ一つの細部を詰めていく過程で、二人の間の信頼はだんだんと深まっていった。
約束の日の午後、図書館が閉館したら、柚希は準備した書籍のリストをカバンに入れ、街角の森木カフェへ向かった。柏木蒼はすでに窓際の席に座っていて、タブレットを開いて待っていた。見慣れた浅い笑顔を浮かべて、柚希を迎え入れる「お疲れ様。抹茶ラテを注文しておいたよ」
「ありがとう、いつも気が利くわね」
テーブルにタブレットを置き、修正版の設計案を開くと、柚希の提案した細部がすべて反映されていた。窓際の低い本棚、丸みをつけた通路の角、高低二段式の手すり、樟の木周りの円形の石ベンチ——さらに休憩コーナーの椅子は、柚希が「シンプルで丈夫なものがいい」と話した種類に変更されていた。
「完璧だわ」柚希は心から喜びを漏らす「地域の人たちが、きっとここを愛するようになる」
「それは君のおかげだ」柏木蒼は真剣に目を見つめ、「君がいなかったら、こんなに温かみのある設計案は作れなかった」
その後、二人は設計案の最終確認を進めた。時には声を小さくして意見を交わし、時には同じ画面を見つめて沈黙し、自然な流れの中で、二人の距離は縮まっていった。だが柏木蒼は決して越えるべきでない線を踏み越えず、柚希も安心して話を続けることができた。珈琲の湯気が立ち込め、窓の外の夕日が二人を柔らかく包み、穏やかで幸せな時間が流れていた。
話が終わったら、柚希はカバンから三冊の本とリストを取り出して、柏木蒼に渡す「陽太くんのために選んだ建築入門書よ。基礎的な内容だけど、理解しやすくて、興味を持ちやすいはず。リストには各本のポイントを書いておいた」
「本当にありがとう。陽太が知ったら、きっと大喜びする」柏木蒼は本を手に取り、中のリストを見て、柚希の細やかな気配りに心を温められた「君は本当に優しい人だね」
「そんなことないわ。陽太くんが熱心なので、少しでも助けたかっただけ」柚希の頬が少し紅潮し、照れくさそうに頭をそらす
夕暮れが近づき、街灯が次第に点き始めた。柏木蒼は時間を見て、「暗くなる前に送るよ」と提案する。柚希は最初は断ろうとしたが、柏木蒼の「本も重いし、少しは順路だ」という言葉に、最終的に承諾した。
二人は並んで歩き、夕日の影を長く伸ばした。路上の人々は急いで家路につき、商店の看板が光り始め、冬の夜の雰囲気が徐々に広がっていた。二人は大きな声で話すことはなく、時々小さな会話を交わし、それ以外は柔らかな沈黙が続いたが、気まずさは全然なかった。
アパートの下に着くと、柚希は振り返って「今日はありがとう。設計案も完璧になったし、お世話になった」
「いえ、私の方こそ、君には本当に助けられた」柏木蒼は笑顔を浮かべ、「地域図書館が完成したら、必ず連れて行くよ。樟の木に新芽が生えて、庭に花が咲いているはずだ」
「うん、楽しみにしてるわ」
柚希はアパートに入る前に、もう一度手を振った。柏木蒼が手を振り返す姿を見てから、扉を開けた。心の中は、珈琲の温かさと、柏木蒼の笑顔で満たされていて、ほっとした気持ちが広がっていた。紙一葉の設計案を通じて育まれた温もりは、長く長く、心の中に残っていた。
朝の陽がフロントガラスを透して木製の本棚に降り注ぎ、細かい埃が光の中でゆっくりと舞い、本を整理する音と貸し出しの手続きの音が、心地よく響いていた。柚希はカウンターの後ろに座り、PCで蔵書のデータを入力していて、ススケはカウンターの下の小さなベッドの中で、気持ちよさそうに眠っていた。
「柚希ちゃん、先日のカフェでの話、設計案は最終決定したの?」紗織が一冊の絵本を抱えて近づき、笑顔で問う
「うん、完璧になったわ。春に着工して、秋には完成する予定だ」柚希は口を開くと、自然に笑みを浮かべる。紗織はその様子を見て、嬉しそうに頷いた。
その時、図書館の扉が開かれ、風鈴の音が軽やかに響いた。藍と白の制服を着た少年が駆け込んできて、額には薄い汗が浮いていた。柏木陽太はカウンターの前に止まり、大きな声で笑う「柚希お姉さん!久しぶり!」
「久しぶり。本を返しに来たの?」柚希は優しく笑顔を浮かべる。以前よりも、明るく接することができるようになっていた。
「返す本もあるけど、お礼に来たんだ!」陽太はカバンから《建築設計基礎》を取り出して渡し、続いて厚いファイルを置く「お姉さんが薦めてくれた本、超超役立った!特に《建築入門基礎図解》のイラストがすごく分かりやすくて、建築部の課題で満点を取れたんだ!これが課題の作品だ、お姉さんに見てもらいたい!」
ファイルを開くと、手描きの小さな地域図書館の設計図が入っていた。柏木蒼の設計案を参考にしている痕跡が見えるが、陽太なりのアイデアがたくさん盛り込まれていて、樟の木の下には子供たちが遊んでいる姿まで描かれていた。
「すごく素敵だわ」柚希は真心から賛美する「ここの窓の幅を広げた点がいいね。それに、玄関の前に雨よけを付ければ、雨の日も便利になるよ」
「そうだ!それは全然考えてなかった!」陽太はペンを取り出してすぐにメモを取り、目をキラキラさせている。その真剣な様子は、柏木蒼にそっくりで、柚希は思わず笑ってしまった。
「それから!」陽太はカバンから木製のおせち箱を取り出して差し出す「兄さんがお礼に作った抹茶大福だよ!兄さんが言うには、柚希お姉さんが高校時代から好きな味だって。昨夜一晩かけて作ったんだ、甘さも調整してあるよ」
柚希は箱を受け取り、掌に伝わる温かさを感じる。柏木蒼が自分の好みをいつまでも覚えていて、こんなに細やかなお世話をしてくれることに、心がほっと緩んだ「ありがとう。陽太くんにも、伝えておいてね」
「うん!絶対伝える!」陽太は大きく頷き、課題のことで少しだけ話を続けた後、「また改めて完成したら見せるね!」と手を振って図書館を出ていった。
カウンターの後ろで、紗織は柚希の様子を見て笑う「柏木さん兄弟、本当に優しい人たちだね。こんなに心を込めてお菓子を作ってくるなんて、羨ましいわ」
柚希はおせち箱を開け、抹茶の香りが漂ってくる。大福を一口食べると、柔らかい餅皮の中には適度な甘さの小豆餡が入っていて、まさに自分の好きな味だった。ススケがベッドから起きてきて、足元で鳴くので、柚希は餅皮の一部を少しだけ与えて、猫の可愛らしい姿を見て笑った。
休憩時間に、柚希は柏木蒼にメッセージを送った「陽太くんが来て、課題の作品を見せてくれた。すごく素敵だったよ。抹茶大福も美味しい、ありがとう」
すぐに返信が届いた「陽太が君の意見を聞けて嬉しかったんだろう。大福が気に入ってくれて、良かった。今日も一日、お疲れ様」
「柏木さんも、仕事頑張ってね」
柚希はスマホを置いて、窓の外の陽だまりを見つめる。心の中は大福の甘さと、柏木蒼の優しさで満たされていて、暖かくて幸せな気持ちが広がっていた。長い間閉ざしていた心の扉は、今では小さなすき間を開けて、柔らかな光と温もりが溢れ込んでいる。
春が来れば、地域図書館の着工が始まり、樟の木に新芽が生える。それと同じように、自分の心にも、新しい希望と恋心が、穏やかに育っていくのだろう。
そんな未来が、今、とても楽しみになってきた。
扉を閉ざしたままの愛 夏目よる (夜) @kiriYuki_01
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