第3話「赤くて、角つき」

 夢を見ていた。

 幼き日に植え付けられた、悪夢トラウマの記憶の夢を。


 実は俺は家族5人の中で、2番目に背が小さい。

 1番小さいのは153cmの母で、逆に1番大きいのは180cmの父。

 そして俺を挟んで上と下それぞれ、歳が2つ離れた姉と妹がいるのだが、何というのかその──はっきり言って俺は姉妹あいつらが苦手だ。


 末っ子である妹のマナカが小さい頃はまだ良かった。俺をいじめてくるのはクソ姉貴コウカ1人だったから。

 けど妹が中学に上がった頃から、そうも言ってられなくなる。

 何故なら妹の身長が、その時既に当時の俺の身長を越えてしまっていたからだ。

 その結果として、クソ姉貴は自分だけでなく妹よりも背の低い俺の事をいじりにいじり倒してくるようになった。

 さらには本当は心優しいマナカまでもが、クソ姉貴に同調させられるような形で俺をみたいに扱うようになってしまったのだ。

 何たる悪夢、何たる仕打ちか。俺の長男としての尊厳は尽く踏みにじられた。

 そのトラウマのせいか、俺は今でも時折こうして夢に見る。

 背の高い見知らぬ女に囲まれ、頭や顔を好き放題に触られる悪夢ゆめを──。


「──はっ!?っ……はぁ……はぁ……ゆ、夢か……。」


 いつの間にか眠っていたらしい俺は、悪夢から逃れ飛び起きるように目を覚ます。

 余程恐怖ストレスを感じていたのか、心臓はバクバクと高鳴ったままで背中には嫌な汗をびっしょりとかいていた。

 

「(どこだ、ここ……?どっかの家の中、か?というか俺は──。)」


 つい先程まで見ていた光景が夢だと安堵したのも束の間、俺は自分が見知らぬ部屋のベッドで目を覚ました事に気がついて、怪訝な表情を浮かべる。

 周囲を見渡せば、そこは木造家屋らしき建物の一室。

 記憶を辿るように軽く頭を抱えると、意識を手放す寸前に見たあの光景を不意に思い出してしまう。

 そうだ、確か俺はあのに押し潰されて──。

 だがここは明らかに復活地点ホームポイントでは無さそうで、俺はどうやらHPが0になって力尽きたわけでは無いようだ。

 そして部屋の中には外が見える小さな窓が1つと、俺が今寝ているベッドの他にもう1つ別のベッドがある。

 状況的に判断するのなら、スライムに押し潰され気絶していた俺を、誰かがここまで運んで介抱してくれたのだろう。


「(やっぱこれは夢……じゃ、無いのか。)」


 何となく察していつつも、俺は僅かな望みをかけてメインメニューを呼び出す動作をする。

 けれど至極当然と言わんばかりに表示されるメニューウィンドウを見て、俺は小さく落胆した。

 どうやら俺は悪夢トラウマから覚めてもまだ、この変な世界に居るらしい。


「(だとしたら本当に異世界転生ってヤツ?でも俺の他にもプレイヤーは居たし……PK野郎プレイヤーキラーだったけど。)」


 そろそろこの世界が俺の見ている夢であるという説が苦しくなってきたので、一度状況整理がてらベッドから抜け出す。

 確かにノギッソの手前で襲ってきたのは、NPCでは無い意思を持ったプレイヤーだったように俺には見えた。

 もう1度あのモヒカン男に会うことができたら、何か詳しい話を聞けたりするだろうか。


「(いや、絶対次こそPKころされるだろうな……。)」


 にまともに話が通じた覚えがない。少なくとも俺の経験では。

 ゆっくりと雲の流れる夕暮れ色の空を、部屋の小さな窓から見上げながらひとり苦笑していた、その時。

 後ろから不意に、扉が開くような音が響いた。


「──ッ!」


 扉の方へと振り向いた俺は、そこで見た光景に驚きのあまりそのままの姿勢で目を丸くして硬直する。

 だがそれも無理はない。何故なら僅かに開かれた部屋の扉の隙間から、騎士めいた赤い鎧を身に纏った大きな人影がこちらをじっと見つめていたからだ。

 え?何?新手の強盗?俺、殺される?

 半ばパニック状態となって怯え竦んでいる俺を見て、やがて赤鎧はぬうっと部屋の中へと踏み込んでくる。


「……目を覚ましたようだな。……そう警戒しなくても良い。ここはノギッソの宿だ。」

「え……あ、はい。どうも……?(宿屋……通りでベッドがあるわけだ。)」


 その人は空いている方のベッドへとゆっくりと腰掛けると、再び俺の方を見て声をかけてくる。

 顔を完全に覆うタイプのヘルムをつけている為か、声が籠もっていてやや聞き取りづらい。

 しかしその大きな体格というか、話し方から察するに多分であっている筈だ。

 俺は不安から小さく両拳を握り、やや緊張しながら小さく会釈を返す。

 めちゃくちゃ怖そうな雰囲気だけど、この人が俺をここに運び込んでくれたのだろうか?


「しかし驚いたぞ。安全地帯まちのなかとはいえ、路上で気を失っているとはな……何があった?」

「あー、えっと……それは……。」


 当然の問いかけに何と答えた物かと迷う俺は、目を泳がせる。

『たぶん自分が召喚した謎の女の子型スライムに押し潰されて気絶しました』なんて正直に言ったらどう思われるだろうか。

 もし俺がこの人の立場だったら、のやり過ぎだと呆れるだろうな。

 そんな風にしばらく言葉に迷っていると、そんな雰囲気を察したらしいその人が何やら空中で指を動かし始める。

 動き的に判断すると、何かのウィンドウを操作しているようだ。


「──自己紹介が遅れたな。それがしはコウヨウという者だ。今は剣士ソードマンをやっている。」

『1件のフレンド申請が届いています。』


 虚空のウィンドウへと向けられていた視線が再びこちらへと向けられたと同時、ピロンという通知音と共に俺の視界にシステムメッセージが表示される。

 どうやら今目の前にいるコウヨウと名乗る人から、フレンド申請が送られてきたようだ。

 話しづらそうな俺を見て、まずは互いに自己紹介をしてそれから話をしようという事らしい。


「あ、っと……どうも……俺はショウタです。とりあえずは召喚士サモナーを目指してます。」

「そうか、ショウタ殿。某の事は気軽にコウヨウと呼んでくれて構わん。」

「じゃあえーと……コウヨウ、さん。」


 素早くフレンド申請を許可しながら、俺は同じようにコウヨウに自己紹介を返す。

 初対面の人間相手にいきなり呼び捨てにできる度胸の無い俺は、とりあえずはこの人をさん付けで呼ぶ事にした。

 だって何か怒ったら怖そうだし。


「さて、ではショウタ殿。……貴殿はから今までずっとマジリハに?」

「……?俺はチュートリアルと初心者用クエスト?って奴を終えてすぐノギッソに来たばっかりですけど……。」


 あの日ってどの日?確かにマジリハにはついさっきまで居たが。

 何やら不可思議な問いかけをしてくるコウヨウに俺が正直に答えた、その瞬間。


「──なに?」


 コウヨウの動きがぴたりと止まり、場が一気にぴりついた空気に包まれた。

 え?俺何かまずい事言ったか!?超怖いんだけど!?

 答えを間違ったかと思い俺が口を真一文字に結び固まっていると、コウヨウが突然立ち上がってこちらへと迫り、その大きな手で俺の両肩を掴む。


「それは本当か?……よもや貴殿は、ここに来たと言うのか?!」

「ひっ!?そ、そうです!すいません!?」


 迫るコウヨウの気迫に謎の恐怖を感じ、俺はその問いかけを肯定しながらわけもわからず謝罪する。

 あの日とか、今日来たかだとか、さっきからこの人は一体何を言ってるんだ?

 こんな時ノンデリモンスターのクソ姉貴なら即座に問い返すんだろうが、俺には絶対無理。


「ならば今、外は!?はどうなっている!?」

「あ、えっ!?そ、外の世界ぃっ!?」


 突然興奮したように俺の両肩を前後に激しく揺さぶるコウヨウの言葉に、俺はますます訳が分からなくなってしまう。

 外の世界?外ってどこ?ここが夢ならの事?異世界転生なら──。

 そこまで考えた所で、俺はようやく1を見落としていた事に気がついた。


「あ、あのっ!コ、コウヨウさん落ち着いてっ!ください!」

「……すまぬ。少し取り乱した。」


 がくがくと揺れ続ける視界の中で、俺はなんとかコウヨウの手を掴み落ち着くように諭す。

 するとコウヨウはすぐに俺の両肩から手を離し、小さく謝罪をして空きベッドの方へと座り直した。

 ここが夢の中でも、ましてや異世界転生なんかでも無いのだとしたら、もしかして──。


「──あの……もしかしてって、LABOゲームの中なんですか?」


 ◇


 ノギッソの宿屋にて目覚め、コウヨウと出会ってしばらく。

 今俺は独り、ノギッソの街の中を歩いていた。


「まさか……本当にここがLABOの中……?でも、なんで……。」


 コウヨウからの話を聞いた所、どうやらこの世界はLABOゲームの中らしい。

 更にここに来たプレイヤー全員が俺と同じように新規キャラクターでの開始となっていて、その時には既にゲーム終了ダイブアウトもできない状態だったようだ。

 しかもコウヨウが言うには、プレイヤー達がこの世界に閉じ込められてから既に、1という事なのだが──。


「どう考えてもおかしい、よなぁ……。」


 曰く、今この世界に閉じ込められてるプレイヤー達は全員、大型アップデート当日に潜行ダイブしてこのLABOの世界に来たという話だ。

 当然ゲームを終了する事が出来ない件や、キャラクターデータが初期化されている事について幾人ものプレイヤー達がゲーム内から運営へと問い合わせを行ったが、何れも運営からの返答は無いまま。

 すぐに緊急メンテが来て事態は収集するだろうと考えていたプレイヤー達ではあったが、結局何の動きも無いままに1日目が終わろうとしていた。


 そこへ誰かが実しやかに流した『』という奇妙な噂が広まり、皆が多少の不安を覚えていた所に更なる事件が発生。

 マジリハ近郊にてスキル上げをしていたある1人のプレイヤーが、PKに遭遇し殺害されたのだ。

 その事をきっかけとして、マジリハで待機していたプレイヤー達は完全なパニック状態へと陥り、次は自分がにあうのでは無いかと疑心暗鬼となって次々と街から出ていってしまったらしい。

 結局のところ、そのPKころされたプレイヤーは数時間後にマジリハの復活地点ホームポイントで復活できた、という話なのだが──。


「でも俺は確かに階段から落ちて、それで……。」


 もしここがコウヨウの言うように本当にLABOゲームの中だというのなら、俺は死んでなどいないという事だ。

 恐らく何とか一命を取り留めたものの、未だに意識が戻らないような状態なのだろう。

 だったら階段から落ちたあの時に、俺の意識がこの世界に潜行ダイブしたのか?

 いや、それはおかしい。何故ならあの時点ではまだ、LABOのメンテは筈だ。

 それにあの時俺がこの世界に潜行ダイブしたのだとしたら、他の皆と同じように1に来ていなければ話が通らない。

 つまり俺は、閉じ込め事件が発生して1週間経過したこのタイミングで、現実世界リアルの手によってこの世界へと、という事になるのだ。


「……まぁ、ごちゃごちゃ考えるのは後だ。今はとにかく──。」


 しばらくノギッソの街を歩き俺が辿り着いたのは、ハサミと筆のマークの看板がついた大きな建物。

 元のLABOにおいては、キャラクターの見た目の変更──つまりは編集エディットする為の施設、『エステサロン』だ。

 この施設ではキャラクターの見た目を自由に変更する事ができ、その気になればどこかのアニメや漫画で見たような感じのキャラクターだって作れてしまう程、自由度が高いキャラエディットを行う事が出来る。

 だが俺は何も、するためにここに来たわけではない。俺がここに来た目的はただ1つ──。


「とりあえずだけでもメインキャラに戻す!」


 キャラクターエディットの料金は1回100,000じゅうまんメタと少々高額。

 しかしエディットデータを保存だけして変更を適用しなければタダなので、今回はそれ目的だ。

 もちろん目標額が溜まったら、すぐにでも俺のLABOでのメインキャラと同じに戻すつもりなのだが。


「(流石に初対面の人コウヨウさんにいきなり100kじゅうまん貸してくれとか言えないしな……。)」


 仮に貸してくれたとしても、なんかような気がしないでも無いし。

 なんて事を考えながら俺はエステサロンの扉を潜る。しかし──。


「なん……だと……?」


 そこにあったのはもぬけの殻というのか、空き物件テナント募集中というのか。

 床や壁のすらまともに用意されていない、真っ白な空間だった。

 当然、エステサロンの受付NPCなども誰一人として存在せず、ただ只管に無だけがそこにある。

 おお神よ、女神メタトロフィスよ、これはどういう事ですか?説明してくれ、俺の心が折れる前に。


「──む?ショウタ殿、こんな所に居たのか。」

「……あ、コウヨウさん。あの、ここって……?」


 エステサロンの前で膝を折り項垂れている所に、偶然通りかかったらしいコウヨウが後ろから声をかけてくる。

 キャラ編集エディットを使ってさっさとこんな身体アバターからおさらばする気満々だった俺は、この先の全てのモチベーションを毟り取られたような気持ちになって、完全に意気消沈していた。

 だってこんなの、あんまりじゃん。


「ああ、エステか……そうだな。某も最初は驚いたが、結局こうなっている理由はわからないままだ。」

「なんだ、見た目を変えたくなったのか?その姿、使だろう?気に入らないのか?」

「えっ?」

「む?」


 苦笑するコウヨウの言葉を聞いて、俺は思わずコウヨウを二度見する。

 何言ってんだ、そんなわけないだろ。誰が好き好んで姿──。

 ちょっと待てよ?じゃあ何か?

 本来は通常のLABOでのメインキャラと同じ見た目になる筈なのに、誰かがわざわざと同じような姿にキャラ編集エディットしたって事か?

 突然浮かび上がった最悪の可能性に、俺はそのに対して静かな怒りを燃やし始めた。


「……某としては、今のショウタ殿のその姿も、十分と思うのだがな。」

「コウヨウさん……。」


 落ち込む俺を慰めるように、さり気ないフォローの言葉を入れてくれるコウヨウに、少しだけ泣きそうになる。

 確かに言われてみれば、別に全身真っ白でマッチョのハゲたおっさんみたいな姿にされているわけじゃない。

 ただちょっと、現実の自分にそっくりすぎるだけだ。……いやそれが最大の問題ではあるんだが。


「ありがとうございます……俺、めげません!頑張って、使えるエステサロンがあるとこ探します!」

「あ、ああ……うむ。そうか……。ああ、そうだそれで思い出したのだが──。」


 顔を上げ決意を固める俺に対し何やら微妙そうな反応をするコウヨウが、おもむろにまた何かのウィンドウを操作し始める。

 するとまたすぐに通知音が鳴り響き、今度はなんとへの勧誘通知が表示された。


「さっきも話したと思うが、いまこの世界には何人かの犯罪者レッドネーム、PKがうろついている。」

「そんな中、一人で行動するのは何かとリスクが高いだろう?」

「そこで、どうだろうか?暫くの間、某とパーティを組み共に行動するというのは……。」


 2m近い大きな体躯に見合わないどこかポーズでそんな提案をしてくるコウヨウに、少し驚かされる。

 PKといえば少し前にモヒカン男に襲われたばかりだし、一人でいればまた狙われるリスクも高い。

 俺のスキル構成的に言っても、前衛となるプレイヤーが居てくれたほうがかなり助かる事は確かだ。

 なので当然、ここで断る理由はない。


「正直言って、助かります。ありがとうございます、コウヨウさん!しばらくよろしくお願いしますね!」


 色々と教えてもらっただけでなく心強い味方にまでなってくれるというコウヨウに、何だか頼れるを得たような気持ちだ。

 そうして快くパーティ勧誘を承諾した俺は、友好の証として握手を求め手を差し出す。

 結局あのスライム娘については謎のままだけど、まぁコウヨウさんがいれば前衛には困らないだろうし──と考えていた、その時。


「ああ、よろしく頼むぞショウタ殿!」

「──え?」


 被ったままでは失礼だと考えたのか、突然にヘルムの表示をオフにして握手に強く応えたコウヨウの姿を見て、俺はまたしても硬直する。

 外されたコウヨウの赤い兜の下にあったのは、鎧に負けないくらい派手な赤い髪をした、額に角を持つオーガ族の女性キャラの姿だったからだ。

 え?コウヨウさんって──女の人?


「……しかしショウタ殿はあれだな、何とも程よい──。」


 てっきり強面の髭面男みたいな姿だとばかり勝手にイメージしていた俺は、まさかのカッコイイ系女子の登場に完全に面を喰らう。

 そこへトドメとばかりに俺の頭を撫でようとするコウヨウの手が伸びてきて──。


「むりぃ……。」

「ショウタ殿?……ショウタ殿ーッ!?」


 しっかりと再びトラウマを呼び起こされてしまった俺は、コウヨウに手を握られたまま静かに膝から崩れ落ちるのであった。

 プレイヤー達がこの世界に閉じ込められた理由、そして俺をここへと送り込んだ何者かの存在。

 謎が謎を呼ぶ、知ってるようで知らない世界での、前途難な俺のLABOでの旅はまだまだ始まったばかり──。

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小さくたって大召喚士! 上羽みこと @Uwaba_Mikoto

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