第1話「知ってる世界、知らない世界」

 上も下もわからない暗闇の中で漂う俺の目の前に、突然光が差し込んだ。

 その光は優しげな女性の声で、俺に語りかけてくる。


「──紡ぎ手よ。異界よりの旅人よ。さあ、目を覚まして……。」

「これより始まるは、世界を繋ぐ旅路。様々な困難が貴方を待ち受けるでしょう……。」

「だけど忘れないでください。貴方が繋いだ絆は、きっといつか貴方の力になる。」

「そしてどうか、今はあの遠き星を──。」


 やがて闇は眩い光に照らされて、沈んでいた俺の意識は何か不思議な温もりのような物を感じながら徐々に浮かび上がっていく。

 そうだ。この声、、これは──。


「──LABOラボ?」


 先程の光とはまた違った眩しさを感じて、俺は薄っすらと目を開く。

 視線の先には割れた天窓と、そこから差し込む太陽の光。

 少しの頭痛を覚えながら身体を起こし辺りを見回すと、そこは寂れた教会のような場所だった。


「……。」


 まだ少しぼーっとする頭を掻きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 辺りには誰も居ないのか、小鳥のさえずりと風の音だけが静かに響いていた。


「(あれ……何だっけ。俺、いつのまに潜行ダイブして……。)」


 にも見たことのある、ゲームスタートはじまりの場所。

 そこはLABOにおいて、キャラクター作成画面が終わった後に訪れる事になる最初のフィールド、『始まりの教会』だった。

 という事はやはり、さっきの女性の声はこのLABOの世界におけるガイド役の女神、メタトロフィスの声か。

 LABOのプレイヤー達は皆、繋がりの失われたこの世界に再び繋がりを取り戻すための紡ぎ手リンカーとして異界から召喚された選ばれし者──という設定だ。


「(とりあえず、外に……。)」


 俺は奇妙な頭痛と身体への謎のを覚えながらも、ふらつく足取りで教会の外へと抜け出す。

 記憶が確かなら、確かこの後は各種チュートリアルを受けながら、最初の街へと移動する事になる筈だ。


「うお、まぶし……。」


 やけに眩しく感じる太陽の光に俺は思わず手を翳し、目を細める。

 前方に続いているのは、今にも自然に飲み込まれそうになっている細い道。

 最初の街へと続く、LABO始まりの第一歩だ。


「(やっぱりこれって……LABO、だよなぁ。)」


 道沿いに歩きながら、道の外れで楽しそうに跳ねている下級モンスタースライムを眺める。

 あの丸くて透明感のある、青いぷるぷるとした姿。あれは間違いなくLABOのスライムだ。

 この先にもう少し進むと確か道の真ん中にスライムが居て、そこで初めての戦闘が始まるわけだが──。


「……あれ?」


 その時初めて俺は違和感の正体を知る事になる。

 いつもLABOをプレイしている時のように、腰の魔導書そうびへと手を伸ばそうとした所で、そこに事に気がついたのだ。

 それどころか俺の防具ふくは見るからに初期装備と言った風貌の貧素な物で、とても弱そうに見えた。

 さらにもっと言えば、がいつも俺が使っているキャラクターの視点よりも、かなり近い。

 まるで現実リアルで入り込んでしまったような──。

 確認のため慣れた手順で自分のステータスウィンドウを表示すると、そこに映っていたのは良く見知った俺のメインキャラ──ではなく、金色の髪をした男。

 つまりはこの俺、現実リアルの小鳥遊ショウタ自身の姿だった。


「あー……はは、何だこれ……いや、普通に夢か。」


 LABOのやり過ぎでついに夢にまで、というか夢で見たこと自体はこれまで幾度もあるが、こんなパターンは流石に初めてだった。

 念の為に自分のスキルウィンドウを出現させるが、そこに表示されていたのは『スキル合計:0』の文字。

 本来のLABOの中の俺のキャラならば、そこには召喚魔法スキルを中心とした各種スキルが表示されているはずだ。

 しかし今の俺は、新規に作成されたキャラクターのように、という状態らしい。

 だが夢でもなければ、こんな状況はあり得ない。

 何故なら少なくとも俺がこの10年でLABOをプレイした時間は8,500を超えており、スキル構成の完成どころかメインストーリーラインもとっくに走り終わっているのだから。


「キャラの名前も本名ショウタだし……目の色だけは違うけど。まぁでも夢ってそんなもんか……?」


 ステータスウィンドウに映る自分の姿をまじまじと観察する。

 普段俺がLABOで使用している自慢のメインキャラとは似ても似つかない姿だが、現実の俺と比較すると殆ど同じだ。

 多少の混濁は見られるが、もしかしたらこれは俺がLABOをプレイした時の記憶を元にした夢なのだろうか?

 そもそもあの当時まだ自分のPCを持っていなかった俺は、潜行型フルダイブデバイスからではなく、父のPCのデスクトップ環境からプレイしていた筈だが。

 遠い記憶の中にある、初めてチュートリアルを受けた時の記憶が何となく脳裏に浮かぶ。

 確かにあの頃はその当時夢中になって見ていた、変身すると金髪になるキャラの影響で、どのゲームでもやたら金髪のキャラばかり作っていたような──。


「(え?つまり俺がで調子に乗って金髪にしちゃったのって……。)」

「(無意識下に刷り込まれたそれの名残か?うわ、恥っず……。)」


 思わぬ所で今の自分の姿のルーツを発見してしまい、それに連なる形でおよそ8ヶ月前はるごろのトラウマを危うく思い出しそうになる。

 あんなをするのは、正直言って二度と──なんて考えていた、その時。


「──ぷきゅーっ!」

「お前は……!?ぷきゅ太郎!」


 珍妙な鳴き声と共に道の外れから姿を現したのは、1匹の小さなスライム型モンスター。

 ぷきゅ太郎というのは、全プレイヤーがこの最初のチュートリアルで必ず戦う事になるスライムこいつのあだ名である。

 その愛らしい見た目とあまりに貧弱なステータスから一定の人気があり、公式のぬいぐるみなんかも出ているくらいだ。

 簡素な戦闘チュートリアルのシステムメッセージが終わって、俺の目の前に短剣、弓、杖という3つのアイテム選択画面が表示される。


「お馴染みの……と行きたいけど、今は仕方ないか。」


 ここは戦闘の基本となる部分を覚える事になるが、俺の好きな召喚スキルは少し特殊な立ち位置なため、チュートリアル段階ではまだ使用する事は出来ない。

 仕方がないので俺は3つの選択肢の中から『枯れ枝の杖』を選び、案内通りに装備スロットへと装着。

 するとすぐに俺の手元には杖、そしてインベントリには魔法を使うための触媒と、スキルを習得するための巻物スクロールが出現した。


『杖は魔法による攻撃に──』

「あーはいはい知ってる知ってる!プチフレイム!」


 丁寧にチュートリアルを続けようとするシステムメッセージを無視して、俺は早速スキルスクロールを使用。

 そして対象へと杖を向けると、初級の攻撃魔法スキル『プチフレイム』を発動する。

 振りかざした杖の先端から小さな火の玉が飛び出し、ぷきゅ太郎へと命中して燃え上がらせた。


「きゅ~っ!?」

「じゃあな、ぷきゅ太郎。」


 プチフレイムによってぷきゅ太郎に設定されたHPが0となり、煙のような消滅エフェクトと共に倒れ、その場に僅かなお金メタを落とす。

 メタはLABOでので、プレイヤー同士で物の売り買いを行う事の出来るシステムである市場マーケットでは、毎日何十億という金額のメタが動いているらしい。


「ふ……2メタって。こんなんじゃ下級触媒も買えないっつーの。」


 あまりにショボいぷきゅ太郎のドロップ額に思わず笑ってしまいながらも、俺は戦闘チュートリアルを終えて先を急ぐ。

 このゲームではわざわざ手で拾わなくても、自分が倒したモンスターのドロップ品は自動的にインベントリに格納されるようになっている。

 しかしメタを含む全てのアイテムにはが設定されているため、調子に乗って狩りまくっていると重量オーバーで動けなくなってしまう可能性があるのだ。

 特に筋力のスキルをあまり取らない事が多い俺のメインキャラのような魔法職のキャラクターは、そうなりやすい。

 もちろんその設定をオプションからオフにする事もできるが、正直言っていちいち手動でアイテムを拾うのはめんどくさい。

 なのでを増加させる装備や、補助魔法等を使ってそれらのデメリットをカバーしている者はかなり多いようだ。


「……父さん、元気かな。」


 続くチュートリアルをさくさくと進めながら、俺は10年前初めて父と一緒にLABOをプレイした時の事を思い出す。

 あの時は確か、当時まだ6歳で上手くチュートリアルを進められなかった俺を、父が途中から個人チャットささやきを送って応援してくれたのだったか。

 そんな懐かしい思い出に、少しだけ遠い地の父への思いを馳せていると、ようやく最初の街が見えて来てチュートリアルの終わりが訪れた。


「よっし、やーっとついた!」


 チュートリアルエリアを出ればすぐそこは最初の街。

 初心者から上級者まで色んなプレイヤーが集まる、LABOでも屈指の賑やかさを誇る『マジリハの街』だ。

 街へと一歩足を踏み入れると、俺はぐーっとストレッチするように両腕を上へと伸ばした。


「──ちょっとアンタ!アンタ!ちょっとこっちへ!」

「ん?……あ、俺?」


 そこへ突然話しかけてきたのは、街の入口近くに立っていたNPCらしき小太りの男。

 そのNPCの頭上には『初心者案内オージ』と、表示されている。

 一瞬誰に声をかけているのかわからなかった俺は、思わず周囲を見回すが他にそれらしき人影はない。

 だが俺の記憶では、こんなNPCは俺がLABOを始めた10年前当時にはように思うが。


『[クエスト開始]ようこそマジリハの街へ①[初心者案内オージ]』

「そう、アンタだよ!……その見慣れない格好、アンタあの廃教会の方から来たんだろう?」

「そうだけど……え?」


 そのオージというNPCの方へと近づくと、同時にシステムメッセージに見知らぬクエストの開始通知が表示される。

 開いたクエストウィンドウに表示された内容を読むに、どうやらチュートリアルの続きのような物らしいが、やはりこれも俺の記憶には存在しない。

 それともただ俺が忘れているだけ?

 まぁ当時まだ俺は6歳。もし忘れていてしまっていたとしても無理は無いが。


「ふーん……それで、報酬が?……は?!積載+30の鞄!?」


 クエストの完了報酬として提示されているアイテムの詳細を確認した俺は、その内容に思わず大声を出してしまう。

 何故ならその積載+30という数値は、でも中々上位の方のステータス補正値だったからである。

 確かにLABOの序盤は何をするにも筋力スキル、ひいては積載能力不足でまともにアイテムを持つ事が出来ない。

 そんな時期にこの積載+30という破格の性能を持った装備を配られたなら、どれ程楽になるだろうか。

 しかしこんな物をチュートリアルクエストで配るなんて夢だとしても──ましてや10年前当時の基準で考えれば絶対に事だ。


「なん、え、あ……???」


 相次いで記憶と食い違う状況に、俺はそこでようやくもっと大きな異変がある事に気が付いた。

 俺はその異変に妙な不安感を覚え、確かめるように慌てて街の中を駆け出す。

 そうしてしばらく走り回った後、その不安が確信へと変わる。

 ここには俺の知る、が全く無かったのだ。


「──なんで、マジリハに居ないんだ……?」


 誰もというのはもちろん、オージらNPCの事ではない。

 、という意味である。

 先程も言ったように、ここマジリハの街は初心者から上級者まで様々なプレイヤーが集まり交流したり商売をしたりと、LABOの中でもとにかく賑やかな街だ。

 例えここが俺の夢の世界なのだとしても、マジリハに他に誰もプレイヤーが居ないなんて事があり得るのか。

 少なくとも俺の記憶の中のマジリハは、もっと賑わっていて喧騒があった筈だ。

 メンテナンス明け直後だとしたって、ここまでの静けさは──。


「何だよ、これ……。」


 夢の中だとしてもあまりに不可解すぎる状況に、俺は微妙な気持ち悪さを覚えながらも恐る恐るメインメニューを開く。

 マジリハのゾーン情報を見れば、本当に誰も居ないのか確認できるはずだ、と考えたからだ。

 だがそんな俺の期待を裏切るように、そこには表示されてはいなかった。


「あ……?」


 これまで見たことの無いようなのゾーン情報を見て、俺は思わず顔を顰める。

 本来であればそこにはその場所エリアに存在するプレイヤーの数と名前が表示される筈だ。

 もし仮にここに俺しか居なかったとしても、俺の名前とプレイヤー数1という数字が表示されなければおかしい。

 しかしそこには何も表示されていない。まるでゾーン情報のかのように。


「──うっ……!?」


 慣れ親しんだはずの世界で体験させられている、違和感の連続。

 明らかに何かがおかしい状況に、ここに来る前の事を良く思い出そうとした俺は、突然激しい頭痛に襲われる。

 思えばこのだっておかしな話だ。もかけられてないのにLABOゲームの中でそんな物を感じるなんて。

 両手で頭を抱えしばらくうずくまる俺の脳裏に、やがて浮かび上がるようにいくつかの記憶がフラッシュバックし始めた。


「……そうだ、俺は──。」


 そこで俺はようやく大事な事を思い出す。

 LABOの10周年大型アップデートを誰よりも楽しみにしていた事。

 アプデ当日に、運営メタトロフィアから突然サプライズとして最新型デバイスが届いた事。

 その後、浮かれた俺が階段から転げ落ちて頭を強打してしまった事。

 そして──俺を心配そうに覗き込む、母さんのあの泣きそうな表情かおを。


「俺は…………死んだ、のか?」


 頭を打ってそのまま?だとしたらここは死後の世界?天国?地獄?

 それともこれが噂に聞く走馬灯?それにしてはちょっと記憶と違わないか?

 何で、どうして──。考えれば考えるほどにわからない。


「っ……そうだ。」


 その時俺は、つい最近見たアニメの事を不意に思い出した。

 昔からよくあるという奴だったが、主人公が転生した先がネトゲの世界だと言うので、同じネトゲプレイヤーとして少し興味が湧いてちょくちょく見ていたのだ。

 確かあのアニメでは事故によって転生した後、主人公のメインメニュー画面からはのボタンが消えていて──。


「……無い。ゲーム終了ダイブアウトボタンが……どこにも。」


 メインメニューの一番下、本来であればそこにある筈のゲーム終了ボタンの位置には、まるで最初から何も無かったとでも言うようにメニューウィンドウの端が表示されているだけだ。

 もしここが本当にLABOゲームの中なら、そんな事はあり得ない。

 だとしたらやっぱりこれは俺が見ているおかしな夢なのか、それとも──。


「──俺、もしかして……LABOしちまったのか?」


 そう言われた方が納得してしまいそうな、あり得ない事だらけの状況に変な笑いが込み上げてきて、俺はそんな風に考える事で自分を保とうとする。

 だってそうでもなければ、この奇妙すぎる状況に説明がつかないからだ。

 俺は確かにLABOが好きだし、可能ならこの世界に本当に住みたいと思った事だってある。

 だけどもしまだこれが夢だって言うのなら、すぐに覚めてくれと強く願う。

 そうでなければ、こんな──。

 だがこの時の俺にはまだ、自分が置かれたがどういう物かなんて、知る由も無いのであった──。

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