第3話 唯一の居場所

 アカデミーを出て、俺は街の中心部へ向かった。

 学術都市アルカニア。

 魔導アカデミーを中心に発展した、この国最大の学術都市だ。


 石畳の通りには魔導具を扱う店が軒を連ねている。街灯には火を使わない照明術式が灯り、噴水は浄化術式で水を循環させている。荷馬車の代わりに、魔導駆動の荷車が走っている。


 魔法が「生活」になっている街。

 便利だけど、だからこそ、暴走が起きた時の被害も大きい。

 俺が向かっているのは、そんな街の一角にある小さな店だ。


 看板には「月光堂」と書かれている。

 魔法道具屋。

 一般向けの魔導具を扱う、ごく普通の店だ。

 ただ、この店には他の店にはない特徴がある。

 魔力不導体の加工技術を持っていること。

 俺の「切断刃」を作れる、数少ない店の一つだ。

 そして、俺にとって唯一息ができる場所だ。


 からん、と扉を開ける。

 夕日が差し込む店内には、棚に並んだ魔導具と、カウンターに座る一人の女性がいた。

 柔らかい茶髪のセミロング。琥珀色の瞳。

 エプロン姿の彼女――ミナ・ホーリックは、俺の顔を見た瞬間、小さくため息をついた。


「……また引き受けたんでしょ。顔に書いてある」


 何も言ってないのに、全部わかられている。


「……わかるか」

「伊達に長い付き合いじゃないから」


 幼年学校からの付き合いだ。もう十八年になる。

 ミナは何も聞かずに、奥へ引っ込んだ。

 しばらくして、湯気の立つ茶を持って戻ってきた。

 俺の前に、ことりと置く。


「……ありがとう」

「どうせ、審査か何か押し付けられたんでしょ」

「聴講するだけのつもりだったんだけどな」

「レイは断れないから」


 わかってる。わかってるんだけど。

 俺は椅子に深く座って、茶を一口飲んだ。

 温かい。ほんのり甘い香りがする。いつもの茶だ。


「……美味い」

「いつもの葉だけど」

「ここで飲むと、美味いんだ」


 ミナは少しだけ目を細めた。

 笑ったのか、呆れたのか、よくわからない表情だった。

 しばし、沈黙が流れる。

 店内には俺とミナだけ。

 夕日が棚の魔導具を照らしている。どこかで風鈴が鳴っている。

 この静けさが、たまらなく心地いい。


 アカデミーにいると、常に誰かが話しかけてくる。

 「先生、これを」「先生、あれを」「先生、お願いします」。

 断れない俺は、全部引き受けて、全部こなして、全部疲れる。


 でも、ここは違う。

 ミナは俺に何かを求めない。

 「切断理論の創始者」として扱わない。「安全の守護者」として頼らない。

 ただの「レイ」として、そこにいることを許してくれる。


(ああ、帰ってきたな)


 心の中で、そう呟いた。


「今日は泊まってく?」

「いや、さすがにそこまでは……」

「遠慮しなくていいのに。ここはレイの実家でもあるんだから」

「もう独り立ちして長いからなあ」


 十四年前、俺は両親を事故で亡くした。

 魔導具職人だった父の工房で、暴走事故が起きたのだ。


 身寄りのない俺を引き取ってくれたのが、ミナの家だった。

 ミナの父親――月光堂の先代店主は、魔力不導体の扱いに長けた職人だった。

 俺が切断理論を実用化できたのは、彼の技術があったからだ。

 魔力不導体を「刃」の形に加工する方法を、俺に教えてくれた。

 両親が亡くなった俺にとってこの家は実家でもある。


 ミナは姉のように、家族のように接してくれた。

 でも、いつからか。

 「家族」じゃ足りなくなった。


 彼女の横顔を見ると、胸が痛む。

 彼女の声を聞くと、心が震える。

 彼女がいる場所が、俺にとっての「帰る場所」になっている。

 これは、たぶん、恋だ。

 でも、言えない。


(告白したら、ミナを界隈に巻き込んでしまう)


 俺は今、望んでもいない「名声」を背負っている。

 恋人ができれば、周囲は黙っていない。

 「クロスフェルト先生の恋人」として、ミナまで注目される。

 彼女の静かな日常が、壊れてしまうかもしれない。

 それに。


(俺みたいな疲れた男に、彼女の人生を縛る資格があるのか)


 断れない。疲れる。逃げ場を求める。

 そんな情けない俺が、ミナの隣に立てるとは思えない。

 だから、言えない。

 言わない。


「……レイ」


 ミナの声で、我に返った。


「ん?」

「ぼーっとしてた。大丈夫?」

「ああ、ちょっと考え事を」

「ふうん」


 ミナはそれ以上聞いてこなかった。

 聞いてこないのが、ありがたい。

 聞いてこないのが、少しだけ寂しい。

 矛盾してるな、と自分でも思う。


「そろそろ閉店だから」

「ああ、邪魔したな」

「邪魔じゃないけど」


 ミナが立ち上がって、扉の札を「閉店」に変える。


「晩御飯、食べてく?」

「……いいのか?」

「どうせレイは自分で作らないでしょ」

「否定できない」

「じゃあ、決まりね」


 ミナはそう言って、店の奥――住居スペースへ向かった。

 俺はその背中を見ながら、また茶を啜った。


(幸せだな)


 そう思った。


(でも、この幸せは、壊さないようにしないと)


 そうも思った。

 月光堂の夕暮れは、いつも静かだ。

 俺はその静けさに浸りながら、今日も何も言わずにいる。


 断れない魔導学者の俺だけど。

 この場所だけは、誰にも譲りたくない。

 たとえ、彼女に想いを伝えられなくても。


☆☆☆☆パイロット版あとがき☆☆☆☆

こんばんは、久野です。

前々から「リアル異世界系」をやってみたいと思っていまして。


ただ、異世界ものをほぼ出したことがない身としては、

単純に胃もたれする話になるかもということで、

試供品として3話だけの提供となります。


もし面白い or 面白くなりそう、先が見たいという方が

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【パイロット版】断れない魔導学者の俺が唯一素でいられる場所は、幼馴染の道具屋だった 久野真一 @kuno1234

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