第2話 弟子入り志望の少女

「本日は『切断理論の実践的応用における最適化手法』についてご報告いたします」


 ユイの声は張りがあって、聞き取りやすい。

 発表資料も綺麗に作られている。発表の構成も悪くない。


 内容は、切断理論を実際の暴走対処に適用する際の計算時間を短縮する手法だ。


 俺の理論は、原理的には正しい。ただ、実践で使うには計算が重い。暴走術式の構造を解析し、三変数を測定し、切断点を特定する。熟練者でも数分かかる。その数分で、暴走は何倍にも膨れ上がる。


 だから、どうやって高速化するかが、今の研究課題になっている。


 ユイの提案は、事前に典型的な暴走パターンをカタログ化しておき、実際の暴走が発生したら、まずカタログと照合する。一致するパターンがあれば、計算を省略して即座に切断点を特定できる、という発想だ。


 さらに、彼女は魔力不導体の刃の「形状」にも踏み込んでいた。


「従来の切断刃は直線形状ですが、暴走パターンによっては湾曲している方が良い場合もあります。そこで、事前にパターン別の最適形状を算出しておき、カタログに登録しておけば、現場で最適な刃を適切に選べます」


(……悪くない)


 完璧じゃない。

 カタログにないパターンが来たら対応できないという弱点がある。  

 でも、着眼点は実践的だ。現場で使うことを考えている。


 何より、彼女は俺の理論を「理解」している。

 魔力不導体の刃が、単なる道具じゃなくて、切断理論の核心だと分かっている。

 質疑応答の時間になった。


「よくまとまった素晴らしい発表でした」


 俺がそう言うと、ユイの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


 その反応が、少しだけ眩しかった。


「一点だけ。カタログに該当しないパターンが来た場合のフォールバック処理を、もう少し詰めた方がいい。たとえば、類似度の閾値を設けて、部分一致でも対応できるようにするとか」

「はい!その点は今後の課題として検討します」

「刃の形状最適化は面白い着眼点だ。俺も考えたことはあったけど、カタログ化までは思いつかなかった」

「……本当ですか?」


 ユイの目が輝いた。


「先生に……そう言っていただけるなんて……」


 声が震えている。

 そこまで嬉しいことなのか、と少し戸惑う。


「期待してるよ」


 ユイは深々と頭を下げた。

 隣の審査員がまた小声で言った。


「アストレアさん、優秀ですな。先生の弟子志望だとか」

「……まあ、そういう話は来てますね」

「羨ましい限りです。あれだけの若手が、自分の門を叩いてくれるなんて」


 羨ましい、か。

 俺には重荷にしか感じられないのだけど。


◇◇◇◇


 全ての発表が終わり、審査員による協議が行われた。

 結果を取りまとめて、事務局に提出して、解放されたのは夕暮れ時だった。

 会場を出ると、廊下でユイが待っていた。


「先生!お疲れ様でした」

「ああ、ユイか。発表、良かったよ」

「本当ですか?」


 ユイの瞳が輝く。


「先生にそう言っていただけると……私、六年前の事故で先生に助けていただいてから、ずっと先生の研究を追いかけてきたんです」


 六年前。

 ヴェルデン事件の前年にも、地方で小規模な暴走事故があった。あの時は俺の理論もまだ未熟で、刃の形状も最適化できていなかった。それでも、なんとか暴走を止めることはできた。

 その事故に、彼女が巻き込まれていたのか。


「先生が暴走を止めてくださらなかったら、私は今ここにいません」


 ユイは真っ直ぐ俺を見つめた。


「あの時、先生が刃を術式に打ち込んだ瞬間、轟音が止まって、炎が消えて……世界が静かになりました。私、震えて動けなかったんです。でも、先生は違った。真っ直ぐ前を見て、躊躇なく刃を振った」


 あの時のことは、俺もよく覚えている。

 怖かった。手が震えていた。でも、やるしかなかった。


「だから……先生みたいになりたくて、術式制御学を志しました」


 真っ直ぐな瞳。

 本気で言っている。それは伝わる。


「あの、先生。少しお時間いただけますか?」

「……何か用?」


 嫌な予感がする。


「弟子入りの件なんですけど……」


 やっぱりか。


「前にもお話ししましたが、先生の切断理論をもっと深く学びたいんです。共同研究という形でもいいので、ご検討いただけませんか?」


 ユイの瞳は真剣だ。

 憧れと、熱意と、それから……何か、もっと切実なものが混じっている。

 ただ、俺には……。


「気持ちは嬉しいよ。でも、今は弟子を取る余裕がないんだ」


 これは本音だった。

 審査、委員会、共同研究の調整……。日々の「善意の依頼」を捌くだけで精一杯なのに、弟子を取る余裕なんてない。


 それに、彼女の期待に応えられる自信がない。

 俺は彼女が思っているような「英雄」じゃない。

 あの時だって、怖くて仕方なかった。


「そう、ですか……」


 ユイの表情が曇る。

 でも、すぐに顔を上げた。


「わかりました。今日は引きます」


 強気な声。


「でも、諦めたわけじゃないですから。また、お願いに伺います」


 そう言って、彼女は踵を返した。

 廊下を歩いていく背中は、真っ直ぐだった。

(……強いな)

 何度断られても、折れない。

 その姿勢は、少しだけ羨ましくもあった。

 俺には、そういう強さがないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る