第3話

佐藤太郎は、浅草低層ダンジョンの薄暗い通路を進みながら、自分の体がまるで別人のように軽いことに改めて驚いていた。


昨日までなら、この奥のエリアに足を踏み入れるだけで緊張で手が震えていた。それが今は、まるで散歩でもしているかのように自然だ。アプリのステータス画面をチラリと確認する。


【レベル11】

【筋力18】【敏捷20】


数字だけ見ても実感が湧かないが、実際に体を動かすとその差は歴然だった。


太郎はスマホを胸ポケットから取り出し、配信アプリを起動した。


「こんばんは、たらおです。今日は……ちょっと調子がいいんで、いつもより奥まで行ってみます」


視聴者数は、開始直後で1人。いつもの荒らしアカウントだろう。コメントはまだない。


奥へ進むと、青色のスライムが三匹、ぷるぷると蠢いている。昨日なら一体でも苦戦していた相手だ。


太郎は短剣を抜き、静かに距離を詰めた。


一番近いスライムが跳躍して襲いかかる。体が勝手に反応し、剣が横薙ぎに振られる。刃がスライムの核を正確に捉え、ぷちっと音を立てて消滅した。


スマホが振動。ステータス画面が更新される。


【レベル11 → レベル14】


わずか一撃でレベルが三つ上がった。


「うわっ……マジかよ」


思わず声が漏れる。続けて残りの二匹も瞬時に斬り倒す。毎回レベルが上がる通知が鳴り続け、最終的にレベル20に到達した。


【レベル20達成ボーナス:スキルポイント+1】


体が熱くなり、さらに力が漲る感覚。視界がより鮮明になり、ダンジョンの壁に生える苔の細かな模様まで見える。


コメント欄に、初めての書き込みが現れた。


『??? なにこれ加工?』


視聴者はまだ1人のままだったが、少なくとも誰かが見ている。


太郎は興奮を抑えきれず、独り言のように実況を続けた。


「いや、加工とかじゃないです。本当に……なんかすごいことになってるんです。俺、今日だけでレベル20まで上がっちゃいました」


返事はないが、視聴者数が2人に増えた。


さらに奥へ進む。通路が分岐し、左側はゴブリンの出現エリアだ。昨日なら絶対に避けていた場所。


しかし今は違う。


太郎は迷わず左へ曲がった。


薄暗い部屋に、緑色の小鬼——ゴブリン二匹が棍棒を振り回しながら立っている。ランクFの探索者にとって、ゴブリンは致命的な相手だ。一対一でも危険なのに、二匹同時は自殺行為。


だが、太郎の足は止まらなかった。


ゴブリンが気づき、甲高い声を上げて突進してくる。


太郎は剣を構え、最初のゴブリンの棍棒を軽くかわした。体が自然に動き、反撃の一閃。首を刎ね、緑色の血が飛び散る。


残る一匹が怯んだ隙に、太郎は踏み込み、胸を貫いた。


戦闘時間、わずか十秒。


スマホの通知が連続で鳴る。


【レベル20 → レベル28】


【初ゴブリン討伐ボーナス:スキルポイント+2】


【ドロップアイテム:ゴブリンの耳(換金用)×2】


太郎は息を弾ませながら、床に落ちた魔石と耳を拾い上げた。


「はは……はははっ!」


笑いが止まらなかった。昨日までスライム一匹で逃げ帰っていた自分が、今はゴブリンを瞬殺している。


コメント欄が急に動き始めた。


『嘘だろ』

『チートじゃね?』

『演出乙』


視聴者数は5人に増えていた。


太郎はカメラに向かって、興奮気味に語りかけた。


「みんな、信じてくれないかもしれないけど、これ本物なんだ。俺、なんかすごいアプリを手に入れて……本当に強くなってる」


返信はないが、視聴者が少しずつ増えているのがわかる。


さらに奥へ進む気力が湧いたが、今日はここまでにしておこう。初日で調子に乗って死にたくはない。


太郎は引き返すことにした。出口に向かう途中、アプリから新しい通知が届いた。


『デイリークエスト達成:モンスター10体討伐 報酬:スキルポイント+1』

『チュートリアル進行度:30% 次の機能開放まであと少し』


帰宅後のアパートで、太郎は換金した魔石の金額を確認した。わずか数千円だが、昨日までの自分なら一週間かかってやっとの額だ。


冷蔵庫からビールを取り出し、一気に飲み干す。


「これが……チートってやつか」


スマホの神託アプリを起動し、ステータスを見つめる。


レベル28。まだまだ上がる余地がある。


明日もダンジョンに行こう。もっと強くなって、配信で見せつけてやる。


底辺だった自分が、這い上がる瞬間を。


太郎は初めて、希望に満ちた笑みを浮かべた。


その夜、配信の再生回数が少しずつ伸び始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。


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