第2話

佐藤太郎は、いつものようにベッドに倒れ込むようにして眠りについた。


夢の中で、彼は広大な闇の中に立っていた。足元には何もなく、周囲は果てしない虚空。遠くに、かすかな光が揺れている。


その光がゆっくりと近づいてくる。光は次第に人の形を取り、長いローブをまとった老人の姿を現した。顔は見えないが、威厳に満ちた声が響いた。


「選ばれし者よ。汝に力を授けん」


太郎は夢だとわかっていながら、身動きできなかった。老人は手を差し伸べ、指先から金色の粒子が放たれる。それは太郎の体に吸い込まれ、温かな感覚が全身を満たした。


「世界は変わろうとしている。汝はその鍵となる」


老人の姿が薄れていく。最後に残った言葉は、はっきりとした警告だった。


「アプリを起動せよ。神託が汝を導く」


太郎ははっと目を覚ました。


朝の陽光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を薄く照らしている。時計は午前九時。休日なので、ゆっくり寝るつもりだったのに、妙な夢のせいで目が冨えてしまった。


(変な夢だったな……)


体を起こし、枕元に置いたスマホを手に取る。ロックを解除した瞬間、太郎は目を疑った。


ホーム画面に、見慣れないアイコンが一つ増えている。


黒地に金色の紋章が描かれた、正方形のアイコン。名前は「神託アプリ」。


「なんだこれ……」


指が自然とアイコンに触れた。アプリが起動し、画面全体が金色に輝く。夢で聞いたのと同じ、荘厳な声がスピーカーから流れた。


『認証完了。転生者・佐藤太郎、登録済み。汝に無限の可能性を授けん』


太郎はスマホを落としそうになった。慌てて握り直し、画面を見つめる。


表示されたのは、ゲームのようなステータス画面だった。


【名前】佐藤太郎

【レベル】1

【職業】探索者(F級)

【HP】120/120

【MP】50/50

【筋力】8

【耐久】7

【敏捷】9

【魔力】5

【運】3


その下に、大きな文字でスキル名が一つだけ表示されている。


【固有スキル:無限レベルアップ】

効果:ダンジョン内で得られる経験値に制限なし。レベルキャップが存在しない。


太郎は息を呑んだ。


「マジかよ……これ、チートじゃん」


声に出して言ってから、自分で驚いた。夢の続きかと思ったが、スマホは確かに手にあり、画面は消えていない。


アプリのメニューを操作してみる。シンプルな構成で、ステータス、スキルツリー、マップ、クエストの四項目だけだ。スキルツリーはまだ灰色でロックされている。マップには、現在位置と近隣のダンジョンが表示されている。


試しにクエスト欄を開くと、一つの項目が点灯していた。


【初回チュートリアルクエスト】

内容:ダンジョン内でモンスターを1体倒し、レベルを上げる

報酬:スキルポイント1、スキルツリー一部開放


太郎の心臓が早鐘のように鳴り始めた。


(これが本物なら……俺の人生、変わるかもしれない)


半信半疑のまま、太郎は急いで準備を始めた。今日は日曜。ダンジョンは空いているはずだ。昨日失敗した浅草低層ダンジョンに、再挑戦する。


装備は昨日と同じ。錆びた短剣と古びた革鎧。だが、今日は違う。ポケットの中のスマホが、まるで熱を帯びているように感じられた。


ダンジョン入り口に着いたのは、午前十一時。


いつもより人が少ない。太郎は深呼吸をして、スマホを手に取った。


配信は……今日はやめておこう。まずは自分で確かめたい。


階段を下り、昨日と同じエリアに立つ。青色のスライムが、ぷるぷると蠢いている。


太郎は短剣を構え、静かに近づいた。


「行くぞ……」


スライムが跳ねてきた。昨日なら避けきれなかったタイミングだが、なぜか体が軽い。剣を振り下ろすと、刃がスライムの核を正確に捉えた。


ぷちっ、という音と共に、スライムが消滅する。魔石が一つ、地面に落ちた。


その瞬間、スマホが振動した。


画面を見ると、ステータスが更新されている。


【レベル1 → レベル11】

【HP 120 → 220】

【筋力 8 → 18】

【耐久 7 → 15】

【敏捷 9 → 20】

【全ステータス大幅上昇】


太郎は呆然と立ち尽くした。


レベルが一気に10も上がった。しかも、体の感覚が明らかに違う。筋肉に力が入り、視界が鮮明になっている。


「嘘だろ……」


声が震えた。喜びと驚愕が混じり合い、膝が笑いそうになる。


アプリの通知がさらに表示された。


『初回クエスト達成。スキルポイント1獲得。スキルツリー一部開放』


太郎はスマホを握りしめ、天井を見上げた。


(これで……本当に成り上がれる)


昨日までの絶望が、急速に希望に塗り替えられていく。


しかし、同時に小さな不安も芽生えていた。


なぜ自分が選ばれたのか。このアプリは一体何なのか。


だが、今はそんなことを考える余裕はない。


太郎は短剣を握り直し、ダンジョンの奥へと歩みを進めた。


今日は、昨日までとは違う。今日から、本当の冒険が始まる。


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