第8話 金色の瞳


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 真っ黒な髪と正反対の真っ白の肌。切れ長の瞳がゆっくりと開く。一人青年が藤の花の下で目を覚ました。


 生ぬるい風、鬱陶しい明るさの太陽、人の声が渦巻く騒がしい空気。これが……人間界か。思ったよりも喧しく、息がしづらい。


 ユーデンが言っていた基礎知識なのか、俺は十七歳の加賀美千明で、この先にあるマンションで一人暮らししてると認識する。まるで体にインストールされたかのようだった。


 そして周りを見渡せば、人々の体から“色”が溢れている。人間界では“オーラ”とでも言うのだろうか。人によって色が違う。創造派の神の色がその人の色の基礎なんだろう。成長する過程で幸運や試練の色が加筆され、色が混ざり合う。そして、歳をとるにつれて色は暗く深みを帯びる。寿命を迎える頃には真っ黒なのだろう。

 ……色彩豊かな世界だな。こんなにも沢山の色を一度にみれるのは初めての事だった。


 さて、あの子を探そう。雫をもう一度壊すなら、俺の色を探せばいい。まだ俺の色がついているはずだ。色を探す為に俺は一番高そうなビルへ向かった。



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――



 ビルの屋上で千明は街を俯瞰する。たくさんの色が動き回っている。……人間って忙しないんだな。


 東雲色をした鳥が屋上の手すりにとまった。この色は見覚えがある。


『……いつまでついてくるの、ユーデン』


『私は、アキテリアを信じてませんからね』


 声に出さなくても、念じれば直接脳にユーデンの声が響く。ユーデンは、小鳥になって接触してきたのだった。


『アキテリアのことだ。真っ先に壊しに行くでしょ?貴方は病を患ってますから』


『……病?』


『己を犠牲にしても美に拘れる事は素晴らしい事ですが、それは美の病。貴方は本当に壊す事に魅了されてる。……ですが、自分を失うのは元も子もない。愚かだ』


『……余計なお世話だよ』


『ククク。私は神たちの行動に興味ありますからね』


 ユーデンの笑い声が聞こえる。ユーデンは本当に人間よりも神が好きだよな。それもまた、ユーデンの美なのか?


『……嫌な趣味』


 千明が東雲色の鳥から目を離すと、ちょうど紫黒色がこちらに向かって走ってくる。このまま行けば目の前の交差点に来るかもしれない。


 あの速さは……車にでも乗っているのか?


 千明は急いで下に降りる。階段を降りながら、この世界で人間を壊せる方法を考えると、この体は鋭利な刃物を浮かべた。


 ……なるほど、これで突き刺せばよいのか。


 半分に折れた筆をポケットから取り出し、走りながら空中に文字を書く。すると千明の手元が光帯びて、刃が出てきた。それを片手に外へ出る。まだあの紫黒色はこの交差点まで来ていない。走れば間に合う。千明は色の方へ走り出した。


「きゃーーーっ!あの人刃物持ってるわっ」


 手に刃物を持つ千明を買い物帰りの婦人が目撃し、甲高い悲鳴が広がった。


「……は?なんだよ?」


 周囲にいた人は集団となり、呆気なく千明は取り押さえられた。


「痛っ。離せ!」


 千明の声は人で埋もれていく。……くそ。殺意を向けていない人間でも、凶器を持つ事で人間は集団で対抗してくるものなのか……。知った時には、もう遅かった。


「早く警察を呼べ!!」


「取り逃すな!押さえつけろ」


 羽交い締めされま千明は筆を持つ事もできず、ただただ人間に捕まる事となった。近くにいた警察も現場に駆けつけ、あたりは更に騒々しい場となった。


 仲間はいるのか、単独行動なのか?

 誰を殺そうとした?

 まだ凶器を持っているのか?

 何が目的なのか?


 たくさんの声が千明にかかる。ああ……うるさい。こんな雑音は聴きたくない。


 千明は抵抗をせず深いため息をつくと、神の目にしか見えない東雲色の光が刃物を包む。そして、千明から刃物を取り上げた男性が気付いた。


「なんだこれ?偽物?」


 男性の手にはよく出来た偽物の刃物。これでは人を殺すことは出来ない。


「なんてややこしいとこしてんだよ!」


「お前らが勝手に決めつけたんだろ?」


 刃物でないとわかった途端、千明は解放された。取り押さえていた人たちも去っていき、残った警察に千明は事情聴取された。警察は殺意は無いと判断し、今後は誤解されるような行動は取るなと厳重注意を受ける程度で済んだ。


 辺りを見渡すと人の流れは戻っていて、俺の色はもう見えない。……壊すタイミングを逃してしまった。


『ユーデンが偽物に変えたんでしょ?』


 東雲色の小鳥が千明の肩に止まった。


『今回だけですよ。あそこで問題を起こしたら刑務所行き。牢屋の中を学ぶ為に、貴方を人間界へ送ったわけではありません』


『ったく……。あーもー、腹が減った。人間の体って、こうも面倒くさいのかよ』


 雫を壊せなかった、お腹は空くし、取り押さえられて体も痛い。千明はイライラしながら言った。


『それが、人間なんですよ』


 次も似たように凶器を作ったところで、人間は束になるのだろう。やるなら一対一の時か?雫を壊すなら、しっかり計画を立てないといけない……。

 俺はただ、あの美しい音色と色を見たいだけなのに。


 あぁ、何故神はこんなに面倒くさい生き物を作ったんだよ。千明は不貞腐れた。


 その様子をずっと見ていたユーデンが千明に話しかける。


『アキテリア、もし君がテレネスの絵の子に会いたいなら、もっとこの世界に馴染まないと警戒されますよ?』


『警戒?』


『人間は弱いけど集団で動けます。そうなったら、今の千明はただ捕まるだけ。そうならない為にも、まずは人間に警戒されない事です』


『……そんな事言われても。どうしたら警戒されなくて済むのか、わからない』


『まずは、この世界に馴染むのです。貴方は行動も言種も神のまま。十七歳の人間らしい話し方をしてみたらどうです?知識やマナーは既にその身体が覚えてるはずです。その体に従ってみなさい』


『……わかったよ』


 夕焼けに照らされながら、千明は帰路についた。


――――

――


 転校初日。


「いやー、転入の話を聞いた時は急で驚いたけど、間に合ってよかったよ」


 俺の少し先を歩く担任の深川先生が言った。五十代だろうか。優しい笑みを浮かべるその顔には深い皺が目尻や口元にある。生徒と比較して深川先生の色は濃い。やっぱり年齢が関係あるんだなと千明は再確認した。


「……はい」


 あれから俺は、加賀美千明として人間界のルールやマナーを一通り、この体から情報を得て学んだ。雫を壊す為だったら何だって出来る。人間らしくなり、二人きりになる状況をまず作ろう。それから壊すんだ。


「まずは俺が入ってクラスのみんなに説明してくるから、加賀美は俺の合図で教室に入ってこいよ?」


「……わかりました」


 ついに会える。扉の前に立つ千明の口元が自然と緩む。わくわくした気持ちが抑えきれない。またあの美しい音色を聞かせてほしい。それだけの為に、俺はここに来たのだから。


「入ってこーい」


 教室から深川の声が聞こえて、俺は扉に手をかけた。


 紫黒色に染まりかけてる君。すぐに見つけれた。

 ……あれ?前よりも俺の色が薄れている。


 じっと見つめてると伏せていた雫が顔をあげ、キラリと金色の光がこちらをみた。


 ……テレネスの色。雫の左目に金色の雪の結晶のような綺麗な形が見える。あの刺繍の影響で、俺の色が薄まってるんだ。テレネスの意志が組み込まれてる。これは……より君を壊すのが楽しみになってきた。



――――

――


 加賀美千明は、よく女子に声をかけられる。正直、どう反応するのが人間として正解なのかわからない……。


「ねぇ、千明くんって好きな子いるの?」


「今日予定空いてる?カラオケ一緒に行こうよ?」


 独特の甘い香りを纏った女子生徒が俺の腕に絡んでくる。……人間はこういうものを好むのか?


 数日が経過した。反応に乏しいと、転入当初はほぼ毎日のように来ていた女子たちも来なくなってきた。これでやっと雫のところへ行ける。席を立つと背後から声をかけられた。


「あれー?千明じゃん!」


「……誰だっけ?」


 髪をハーフアップにしてピアスが目立つ男子生徒。……クラスメイトだった気がする。派手だな。


「ははっ。お前面白いなぁ。俺目立つから、あんま忘れられた事ないんだぜ?俺は井上達郎。達郎って呼んでよ!よろしくな」


「……はぁ」


 グイッと達郎は俺の肩に腕を乗せてくる。俺の反応も特に気にせず、自信満々な達郎はずかすがと入ってきた。


「達郎、早く提出物だせよ。俺、当番なんだけど」


 色素の薄い茶髪の、爽やかさがある男子生徒が達郎に声をかけた。その手にはクラスメイトのノートがずっしり。今日提出するのを彼が集めてるのか。


「お、わりぃ。……ん、隼人よろ〜」


「お前なぁ。ホームルーム前に出せって。ちゃんと提出期限守れよ?」


 そう言いながらも、ノートを受け取る。責任感が強いんだな。俺の視線に気付いたのか、達郎が彼を紹介する。


「あ、千明。コイツは朝霧隼人。わからない事あったら、隼人に聞けば大抵の事はどうにかなる」


「なんだよ、それ。てか、加賀美は?」


 茶色の瞳が俺を見つめる。……あたたかい赤色が溢れてる。彼らしい色だな。


「……え?」


「ノート。お前も出してないだろ?」


 あれ、俺も提出する対象だったのか。千明はノートを隼人に渡した。


「隼人ー、加賀美って堅苦しいよ?千明だから。千明も、コイツのこと隼人でいいからな?」


「わかったから。千明もあんま、達郎に振り回されすぎんなよ?」


「……うん」


「なら、ハイ記念撮影〜」


「ちょ、達郎」


 ――カシャ


 達郎が隼人と千明の肩を組んで携帯で撮影した。完全に達郎のペースに巻き込まれてる。早く雫のところに行きたいのに……。二人きりになる為にも、早く彼女と接点を作りたかった。


 隼人は職員室へノートを提出しに行き、達郎は女の子に呼ばれて俺から離れる。俺も雫の方へ行こうと、彼女は視線を向けると、雫は友達に囲まれていた。

 ……こういう時ってどう話しかければいいんだ?警戒されない為にも……。

 千明の目には友達と楽しく会話する雫が目に映る。あの子、あんな風に笑うんだな。まぁ、それだけ彼女は周りの人から慕われている。だからこそ、壊した時に美しい音色を奏でるんだけど。

 警戒されないように、タイミングを見計らうしかないか。千明は机に頬杖をついて眺める事しか出来なかった。


――――

――


 人間界の中間試験が始まる。この体は優秀らしく、問題文を読めば理解できる。小テストに至っては満点を取っていた。

 ただ、解答するにはずっとペンを持たないといけないとは……不便なものだ。能力が使えない不便さを感じつつあった。

 でも、多数決の他に、こう言った点数をつける方法もあるんだな、と神界にはない人間独自の方法を知るのは面白い。


 雫となかなか二人なれなかったけど、前回のように無理に行動を取れば怪しまれてしまう。ユーデンもきっと監視してるだろうし……。だから、じっくり……ゆっくり丁寧に君をどうやって壊そうか考える。それが楽しくて日課になっていく。

 そして、転機は訪れた。テスト中に、雫からテレネスの金色の光が溢れ出したのだった。誰も気付かない、神の目にしか映らない光。きっと神の能力が発動したのだろう。テレネスはどんな能力を雫に授けたんだろうか……。より雫に興味が出て、早く壊したいと千明は思った。

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