第2話 選ばれた役割
視界に浮かぶ文字列は、瞬きをしても消えなかった。
【ジョブを選択してください】
淡い光の奥で、複数の項目が並び始める。
(選択?)
私はその場に立ち尽くしたまま、呼吸を整えようとした。
洞穴の中は静まり返っている。
さっきまでそこにあったはずの緑色の魔物。
倒した瞬間、光の粒子みたいにほどけて、跡形もなく消えていた。
血も、死体も残っていない。
(現実......だよね?)
夢にしては、体が重い。
息が切れ、喉が渇き、手のひらには石を握りしめた感触が残っている。
全部、現実だ。
改めて、視界の表示に意識を向ける。
⸻
【選択可能ジョブ】
・剣士
・暗殺者
・薬師
・魔術師
・投擲士
⸻
(思ったより、少ない)
ゲームみたいに、何十種類も職業が並ぶわけではない。
その代わり、それぞれに説明が付いている。
意識を向けるだけで、内容が頭に流れ込んでくる。
⸻
【剣士】
正面から敵と向き合い、力で道を切り拓く者。
扱いやすく、安定した成長を見込める。
成長性
体力:A
魔力:C
攻撃:A
防御:B
敏捷:B
器用:B
感知:C
運:B
ジョブ補正
•攻撃 +3
•防御 +2
初期獲得スキル
•片手剣 Lv.1
⸻
(無理だ)
ほとんど反射的にそう思った。
先ほどの棍棒を振り下ろされた瞬間が、頭をよぎる。
正面から受け止めるとか、今の私には考えられない。
次の確認をしよう。
⸻
【魔術師】
魔力を扱い、魔術による戦闘を行う者。
魔術の扱いを習熟することで、多彩な現象を引き起こすことができる。
成長性
体力:C
魔力:A
攻撃:C
防御:C
敏捷:C
器用:B
感知:A
運:B
ジョブ補正
•魔力 +3
•感知 +2
初期獲得スキル
•火魔術 Lv.1
⸻
火を放つ光景を想像する。
確かに強そうだ。
でも、準備や距離、タイミング。
(余裕、なさそう)
不意を突かれたら、それで終わりだ。
次を見よう。
⸻
【投擲士】
武器や道具を投げて戦う者。
距離と精度を武器とし、環境を活かした戦闘を得意とする。
成長性
体力:B
魔力:C
攻撃:B
防御:C
敏捷:A
器用:A
感知:B
運:B
ジョブ補正
•器用 +3
•敏捷 +2
初期スキル
•投擲補正 Lv.1
⸻
一瞬、惹かれた。
実際、さっきは石を投げて助かった。
けれど、
(投げる物、毎回用意するの大変そう)
洞穴の中で、都合よく石が落ちているとは限らない。
候補には入れて、次に移ろう。
⸻
【薬師】
素材を調合し、回復や補助を生み出す者。
薬を作り出すことで経験値を獲得することもできる。
準備と知識が製薬に大きく影響を与える。
成長性
体力:C
魔力:A
攻撃:C
防御:C
敏捷:C
器用:A
感知:B
運:A
ジョブ補正
•魔力 +3
•器用 +2
初期獲得スキル
•ポーション作成 Lv.1
⸻
生き残る、という意味では一番堅実かもしれない。
でも私は、自分のことを分かっている。
一つの場所で腰を据えて、準備を重ねる。
嫌いじゃない。
でも、それを「やりたい」とは思えなかった。
(私がしたいことじゃない)
そして、最後。
⸻
【暗殺者】
敵に見つからず、先に仕留めることを是とする者。
生存は回避に依存し、防御は犠牲となる。
慎重な判断と冷静さが求められる。
成長性
体力:B
魔力:B
攻撃:A
防御:D
敏捷:A
器用:A
感知:B
運:C
ジョブ補正
•攻撃 +3
•敏捷 +3
•防御 −1
初期獲得スキル
•気配遮断 Lv.1
⸻
文字を追った瞬間、胸の奥が静かに納得した。
見つからずに、先に仕留める。
正面から殴り合う必要もない。
魔法を撃つ余裕も構える時間もいらない。
相手より先に気づいて、
相手が気づく前に終わらせる。
(私向きだ)
両親が離婚してから、ずっとそうやって生きてきた。
空気を読む。
人の視線に敏感になる。
目立たないように、先回りして避ける。
防御が低い、と書かれている。
それでもいい。
(当たらなければ問題ない)
選択肢に、意識を集中させる。
⸻
【暗殺者を選択しますか?】
はい / いいえ
⸻
迷いは、ほとんどなかった。
暗殺者を選んだ瞬間、視界が白く染まる。
⸻
【ジョブを取得しました】
【暗殺者】
【ジョブ補正を適用します】
・攻撃 +3
・敏捷 +3
・防御 −1
【初期スキルを獲得しました】
・気配遮断 Lv.1
⸻
次の瞬間、世界の輪郭がわずかに変わった。
音が遠くなる。
空気の流れが、遅くなった気がした。
意識的に力を抜くと、足音が消える。
壁に触れても、擦れる音がほとんどしない。
完全に消えるわけじゃない。
それでも、存在感が、確実に薄れている。
ステータスを確認する。
⸻
【ステータス】
名前:相沢 天音
レベル:1
ジョブ:暗殺者
種族:人間
体力:8
魔力:10
攻撃:11
防御:5
敏捷:16
器用:11
感知:12
運:8
スキル:気配遮断 Lv.1
ユニークスキル:なし
称号:なし
所持スキルポイント:0
経験値:12 / 100
(次のレベルまで 88)
⸻
軽く跳ぶ。
以前の自分より明らかに、高く跳べた。
(すごい)
怖さが、少しだけ後ろに下がる。
(これなら、いけるかも)
洞穴の奥は、静かだ。
(......もう少しだけ、先に進んでみよう)
私は洞穴の中を、慎重に歩き出した。
足を運ぶ時の音がしない。
意識しているわけじゃないのに、自然と体重のかけ方が変わっている。
小走りになった瞬間、距離感を見誤った。
思ったよりも前に進みすぎて、慌てて立ち止まる。
(......早くこの感覚を馴染ませないと)
そう思い、動きを修正しようと試みる。
その時だった。
洞穴の奥で、小さな物音がした。
私は反射的に壁際に身を寄せる。
呼吸を浅くすると、不思議なほど周囲と溶け込む感覚があった。
先ほどもいた、緑色をした魔物。
おそらくゴブリンだ。
以前に倒したものより、少し小さい。
一体だけ。
呼吸を止める。
(いける)
意識した瞬間、
自分の存在が、周囲から薄れていく感覚があった。
(これが......気配遮断)
音を立てないように、というより、意識されないという感覚に近い。
ゴブリンは、こちらに背を向けたままだ。
私は、ゆっくりと距離を詰める。
足音を消そうと考えたわけじゃない。
ただ、自然と、そうなっていた。
(......近い)
一歩。
もう一歩。
相手が振り向く前に、踏み込む。
一気に距離を詰め、全体重を乗せて拳を叩き込んだ。
ごつり、と鈍い音が響く。
確かな手応えが、拳に残る。
ゴブリンの身体が前につんのめり、そのまま崩れ落ちた。
倒れた後も、しばらく動かない。
倒せた、とホッとする。
狙い撃ったわけじゃない。
弱点を知っていたわけでもない。
ただ、気づかれる前に近づき、速く動き、当たった一撃が強かった。
それだけだった。
それでも確実に、強くなってる。
倒したという実感が、遅れて追いついてくる。
怖さは、確かにあった。
でもそれ以上に。
『楽しい』
そんな感情が、胸の奥で静かに広がっていく。
先ほどまでは、相手に触れることすら怖かった。
それが今は、どう動けばいいかが、なんとなく分かる。
考えるより先に体が動いて、
それがちゃんと結果に繋がった。
(これ、ゲームみたいだ)
失敗すれば終わるかもしれない。
それでも。
『次は、どう動こう』
そんなことを考えて、胸の奥が、じわりと熱くなった。
ゴブリンが消えた場所に、淡い光が残る。
その奥に、何か石の塊のようなものがあるのに気づいた。
警戒しながらも、そっと近づく。
そこには、古びた石碑があり、その表面には、文字が刻まれていた。
⸻
『備えよ』
『世界は、いずれ試される』
『内なるものに非ず』
『備えるべくは、外なるものである』
⸻
(......よく分からない)
外なるもの。
ゲートのことだろうか。
それとも、さっきみたいな魔物。
ここに入った時点で、もう外から来た存在と向き合っている気もする。
(じゃあ、今はその準備段階、ってこと?)
そう考えると、少しだけ腑に落ちる気がした。
正解かどうかは分からない。
でも、その言葉は、『もっと先がある』と、静かに告げているように思えた。
洞穴の奥から、冷たい風が吹く。
私は、それ以上進むのをやめた。
(......今日はもう帰ろう)
元の道を引き返すように歩く。
気づけば、出口の光が近くにあった。
一歩踏み出し、視界が、反転する。
***
次の瞬間、私は元の山道に立っていた。
夕方の光が差し込み、見慣れた風景を映し出す。
風に揺れる木の音や、自然の匂いが、現実に戻ってきたことを実感させる。
スマホを見ると、時間はほとんど経っていない。
(夢、じゃない)
体が、覚えている。
速さも、静けさも。
山道を歩いているだけなのに、足取りが、やけに軽い。
無意識に歩調を落とさないと、すぐに前へ出てしまいそうになる。
それに、少し前なら、気にも留めなかったはずなのに。
人とすれ違う時、思わず距離を取ろうとしている自分に気づいて、小さく息を吐いた。
(もう、戻ってるのに)
景色は変わらない。
それでも、私だけが、少しだけ違ってしまった気がした。
***
その夜。
ベッドに横になり、今日のことを考える。
目を閉じると、あの洞穴の静けさが、まだ残っている気がした。
(確認しよう)
そう思った瞬間、視界に、昼間と同じ表示が浮かび上がる。
数字は、変わっていない。
【ステータス】
攻撃11。
敏捷16。
防御5。
(やっぱり防御が低いな)
改めて見ると、少しだけ現実味が増す。
当たったら、終わるかもしれない。
でも。
(当たらなければ、問題ない)
そんな考えが、自然に浮かぶ自分に、少しだけ笑ってしまった。
それにしても⸻
あの言葉。
『備えよ』
その意味は、なんなのだろう。
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