第10話 【組織論】有能な部下が最近よそよそしい。~最高益を出したのに、なぜかAI秘書が「転職サイト」を検索していた件~

戦争に勝利した夜。  社長室では、ささやかな祝勝会が開かれていた。


「乾杯だ。お前たちの働きには満足しているぞ」


 俺は極上のヴィンテージ・オイル(ロボット用)と、希少生物の脳みそ(マッドサイエンティスト用)を振る舞った。


「は、はい……ありがとうございます、社長……」 「光栄……で、ゲス……」


 AI秘書の『シルビア』と、開発主任の『ドクター・ゲロ』。  二人の反応は、どこかぎこちなかった。  喜びというより、怯えに近い。


「どうした? もっと飲めよ。今回の勝利は、お前たちの技術とサポートあってこそだ」 「いえ、あの……社長。先ほどの戦闘データのことなのですが」


 シルビアが震える声で切り出した。  彼女はホログラムの体を揺らしている。


「人間魚雷の命中率……99.8%でした。異常な数値です。彼らの脳波データを解析したところ、死の直前に『恐怖』が臨界点を超え、脳のリミッターが外れていたようです」 「ああ、素晴らしいな。火事場の馬鹿力ってやつだ」 「……社長は、それを計算に入れていたのですか?」 「当然だ。追い詰められた生物の出力係数は、カタログスペックの3倍。常識だろう?」


 俺は笑って答える。  すると、シルビアの表情が凍りついた。


「……計算、ですか。生体部品パーツの感情すらも、計算式の一部……」 「ん? それがどうした?」 「い、いえ……ただ、あまりにも合理的すぎて……私のAIロジックでは理解不能な領域でしたので……」


 彼女は視線を逸らした。  AIですら引くほどの合理性。最高の褒め言葉だ。


 横で見ていたドクター・ゲロが、脂汗を流しながら口を開く。


「と、ところで社長! 次のプロジェクトなんですがね! そろそろ人間の在庫も減ってきたので、別の種族を使おうかと……」 「いや、人間でいい。だが、少し『質』を変えようか」


 俺はグラスを回しながら、思いついたアイデアを披露する。


「ドクター。お前の種族……『昆虫型宇宙人』の遺伝子を人間に組み込んだら、どうなると思う?」 「ひっ!?」 「外骨格を持たせて強度を上げ、フェロモンで絶対服従させる。お前たちのように働き者で、死ぬまで命令を聞く『兵隊アリ』のような人間。……作れるか?」


 ドクターの複眼が見開かれ、小刻みに痙攣する。  それは彼にとって、自種族への冒涜であり、同時に「自分も素材にされるかもしれない」という根源的な恐怖を刺激する提案だった。


「さ、さすがにそれは……技術的なハードルが……それに、倫理的にも……」 「倫理? 今さら何を言ってるんだ。お前が一番楽しんで改造してただろう?」 「そ、それはそうですが……しかし……!」 「まあいい。予算はつける。やってみろ」


 俺は有無を言わせず命令した。  二人は顔を見合わせ、青ざめた表情で「……はい」と頷いた。


     ◇


 数時間後。  二人が退室したあとのオフィス。  俺は一人、夜景を見下ろしていた。


「……妙だな」


 最近、社内の空気が重い。  廊下ですれ違う社員(異星人)たちも、俺を見ると慌てて目を逸らす。  まるで、猛獣と同じ檻に入れられた小動物のように。


「まあ、いいか。恐怖による統治こそが、最もコストパフォーマンスが良い」


 俺は気にせず、次の計画書を開いた。    だが、俺は気づいていなかった。  退室した直後の廊下で、AI秘書とドクターが交わした、短い会話を。


『……ドクター。計算しました。社長が次に「不要」と判断する確率が高いのは……我々です』 『……分かっている、シルビア。あのお方は、使えるうちは優遇してくれるが、使い潰すことに躊躇がない。……対策が必要だ』 『ええ。……生き残るための、対策が』


 暗い廊下で、二つの影が重なる。  絶対的な支配者の足元で、小さな、しかし致命的な亀裂が走り始めていた。

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